藤澤和心(日本体育大学女子サッカー部/愛媛県松山市出身)第3回「堂々のなでしこデビュー」
2017年春、藤澤和心(ふじさわ・なごみ)は国内アマチュア最高峰「なでしこリーグ」の愛媛FCレディースの下部組織である愛媛FCレディースMIKANに入団した。1年目で左サイドハーフのレギュラーの座を掴んだ。その後、順調に歩みを進めていたのはJFAエリートプログラムに選ばれたことからも分かる。
同プログラムは、JFAがU−13とU−14世代を対象に将来の日本代表を育成するために2003年からスタートした。女子の活動はトレーニングキャンプと海外遠征を年間3回実施。藤澤は愛媛県から唯一選出された。
「レベルが高い選手たちの集まりだった。全然通用しないと痛感しました。ただ気持ちが落ちることはなく、“頑張ろう”と思っていました」
高校は愛媛県を離れ、関西の強豪校への進学を考えていた。しかし、愛媛FCレディースMIKANのコーチ信谷純平(現・愛媛FCレディースコーチ)に引き留められた。
「プレゼン資料を見せていただきながら、1対1で話をしました。“愛媛に残れば、なでしこリーグに出られる”と。そこまで引き留めてくれるチームはないと思いましたし、それだけ必要とされたことがうれしかった。MIKANにトップチーム(愛媛FCレディース)があるというのも魅力。高校サッカーは3年生までしかいませんが、なでしこリーグであれば、もっと上の年代の人たちともプレーできる。それで愛媛に残る選択をしました」
藤澤の父・厚年(あつとし)の述懐――。
「たしか表題は〈和心が愛媛に残る理由〉だったと記憶しています。〈環境が人を成長させる〉というようなことが書かれていました。それだけ評価をしていただき、親としてもありがたかったです」
高校は進学校の松山北に入学した。サッカーと勉強の文武両道を目指した。再び父・厚年。
「高校1年時の成績は全校で10位以内。中学・高校の通知表はオール5。MIKANの練習から帰ってきて、ヒーヒー言いながら家で勉強する姿を見てきました。特に愛媛FCレディースの練習に参加するようになってからが大変でした。和心は授業が終わるチャイムが鳴ったらすぐに最寄りの駅に自転車を飛ばし、妻が車で迎えに行きました。愛媛FCレディースの練習場に着くまでの車中で着替えていた。それを繰り返す日々でしたから」
タイトなスケジュールをこなしながら、1年間を駆け抜けた。そして高校2年時の2021シーズン、愛媛FCレディースのトップチームに下部組織選手登録され、なでしこリーグに出場可能となった。
「中学生の頃から愛媛FCレディースのホームゲームの手伝いをしていました。憧れの場所だったので、そこに出られるチャンスが生まれたというのは、自分の中でも大きかったです。それまでサポーターや観客がいる中でプレーする機会がなかったので、今までとは違うワクワク感がありました」
愛媛を離れる決意
なでしこリーグデビューは早くも開幕戦に巡ってきた。3月27日、愛媛県運動公園球技場でのアンジュヴィオ広島戦。1-1と同点のハーフタイムにMF高橋杏奈に代わり、左サイドバックで起用された。
「めちゃくちゃ緊張しました。現在、WEリーグのAC長野パルセイロ・レディーズにいるDF筬島彩佳選手から『後ろのことは気にしなくていいから堂々とプレーしな』と声を掛けてもらいました」
先輩に背中を押された背番号20はピッチに立つと颯爽と駆け回った。
「MIKANの試合にも来てくれているサポーターでコールリーダーをされている方がいたので、私の名をコールしてくれた」
その声援にプレーで応えたのが後半11分。左サイドでスピードを生かして縦に仕掛けた。クロスは相手GKに弾かれたが、こぼれ球をMF松本苑佳が押し込んだ。投入後約10分で得点に絡む活躍。堂々のデビューで、チームの開幕戦勝利に貢献した。
「最初は“レディースで出られればいいな”というモチベーションでした。それが次第に“出続けたい”“結果を残したい”“得点に絡みたい”という気持ちが芽生えてきました」
1年目のシーズンは13試合に出場した。当時のチームメイトで元なでしこジャパン(女子サッカー日本代表)の大矢歩(現なでしこリーグ2部・FCふじざくら山梨)は、藤澤の印象をこう語る。
「サイドを駆け上がり愛媛の攻撃でチャンスをたくさんつくっていた印象です。スピードがあり、チームで数少ない左利き。ドリブルもパスもクロスもできる万能選手です」
藤澤はU-17日本代表候補合宿のメンバーにも選出されるなど、徐々にその名を上げていった。
初ゴールは愛媛FCレディース2年目、高校3年時の春だ。第5節の4月26日、ASハリマアルビオン戦。2-1の場面、後半26分に自陣最終ラインのDF前田花依が前線へロングフィード。このボールに反応したのが左ウイングで起用されていた藤澤だ。DFラインの裏へと抜けると、ワンタッチで飛び込んできたGKをかわした。ペナルティーエリア内左の少し角度のないところから左足でシュート。ボールは逆サイドのポストに当たり、ゴールに吸い込まれた。チームメイトの祝福を受けながら、満面の笑顔を見せた。当時を振り返り、藤澤は「みんながゴールを喜んでくれた。アシストは何度しかしていましたが、“やっと決められた”という感じでした」と微笑んだ。
2年目のシーズンはプレータイムを延ばし、20試合のうちスタメンは15試合。その数は前シーズンの5倍である。なでしこリーグ初得点を含む2得点をマークするなど愛媛で着実にステップアップを遂げた藤澤。高校卒業後、生まれ育った愛媛を離れ、神奈川県横浜市にキャンパスを置く日本体育大学に進むことを決めた。
(最終回につづく)
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<藤澤和心(ふじさわ・なごみ)プロフィール>
2005年3月3日、愛媛県松山市出身。帝人サッカースクール-愛媛FCレディースMIKAN U15-愛媛FCレディースMIKAN U18-日体大SMG横浜(日本体育大学)。2歳上の兄の影響で小学生1年時にサッカーを始める。中学進学時に愛媛FCレディースの下部組織である愛媛FCレディースMIKANに入団。高校2年時に愛媛FCレディースの下部組織選手登録で、なでしこリーグに13試合出場。翌シーズンは20試合で2得点を挙げた。23年、日本体育大学に進学。1年時から出場機会を得て、2年時より左サイドバックのレギュラーとして定着した。豊富な運動量と左足のキック精度を武器に活躍し、全日本大学女子サッカー選手権大会の優勝に貢献した。大学3年時には日テレ・東京ヴェルディベレーザの「2025-2026年JFA・WEリーグ特別指定選手」として認定された。また同クラブへは、大学卒業後の入団が内定している。身長161cm。左利き。
(文・写真/杉浦泰介)

