その瞬間、球場中が凍りついた。ひび割れたヘルメットのツバが事態の深刻さを物語っていた。
 8月2日、横浜スタジアム。横浜DeNA対広島。9回表1死一、二塁の場面で広島ベンチは代打に思いっ切りのいいバッティングが持ち味の會澤翼を送った。

 5対1とDeNA4点のリードながら、會澤にホームランが出れば1点差に迫る。それでなくてもDeNAは広島に弱い。この試合までの対戦成績は1勝12敗1分け。広島ファンには“横浜DeNAバンク”と揶揄されていた。

 フルカウントからの6球目、DeNAの守護神・山口俊が投じたストレートは狙ったコースを大きく外れた。次の瞬間、148キロの豪球は會澤の顔面を直撃。山口は危険球による退場処分を受けた。
 担架に乗せられた會澤は、そのまま救急車で横浜市内の病院に搬送された。「鼻骨骨折」と診断され、スポニチ紙によると<整復手術>を受けたという。
 このゲーム、DeNAは広島から今季2勝目をあげたが、現場の判断でヒーローインタビューは取り止めになった。監督の中畑清は「一日も早く會澤君の元気な姿を見たい」と殊勝な面持ちで語った。

 翌日、會澤は広島市内の病院で再検査を受けた。鼻骨以外の骨折箇所はなく、チーフトレーナーの石井雅也によれば「予想された中で一番軽い」。5日からは復帰に向け、トレーニングを開始した。
 大事に至らなかったことについては不幸中の幸いと言いたいところだが、もう少し様子を見なければならない。というのも、頭部や顔面への死球は後になって症状が現れることがあるからだ。

 頭にこびりついて離れないのが42年前の出来事である。広島のエース外木場義郎のシュートが阪神の主砲・田淵幸一(現東北楽天ヘッドコーチ)の側頭部を直撃した。田淵はバッターボックスに倒れ込んだままピクリともしない。耳からは血が流れていた。小学生だった私に、そのシーンは、あまりにもショッキングだった。ちなみにプロ野球で耳当て付きのヘルメットの着用が義務付けられるようになったのは、それからである。
 田淵はその後も目まいや耳鳴りに悩まされ、死球を恐れて踏み込みが甘くなったと、のちに語っていた。

 バッターにとって踏み込みは命である。これが甘くなれば強い打球は打てない。だからこそピッチャーは胸元へのボールで威嚇する。踏み込みを甘くさせることで、外のボールをより遠くに見せることができるからだ。

 會澤のデータを調べていて驚いた。彼は1年目(07年)の5月、ウエスタンリーグのサーパス(オリックス2軍)戦でのプロ初打席も頭部に死球を受け、救急車で病院に運ばれているのだ。この試練を乗り越えて1軍に上がったところを見ると、恐怖心を引きずるタイプではなさそうだ。
 プロ6年目の24歳。打てるキャッチャーとして「翼」のごとく羽ばたいてほしい。

<この原稿は2012年9月2日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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