第313回 箱根のバケモノ 黒田朝日の衝撃
「黒田君、なんか乗り物に乗っていませんか? それくらい錯覚する速さ。考えられないです」
これは箱根駅伝史上に残る“名解説”だろう。
言葉の主は、日本テレビの生中継で解説を務めた早稲田大競争部元監督の渡辺康幸。言い得て妙だ。
青山学院大が、従来の大会記録を大幅に更新する10時間37分34秒で、3年連続9度目の総合優勝を果たした第102回箱根駅伝。MVPと金栗四三杯を受賞したのは、山登りの5区で、驚異的な区間新記録をマークした黒田朝日(4年生)だった。
4区の平松享裕からたすきを受けた時点でトップを走る中央大とのタイム差は3分24秒。順位は5位。往路優勝は、ほぼ絶望的に見えたが、青学大の原晋監督は「(4区終了の)小田原(中継所)で3分30秒差でも、(黒田なら)、なんとかするでしょう」と自信満々だった。
期待に応えた黒田は、ほぼ同時にスタートした城西大の斎藤将也を皮切りに、国学院大の高石樹、中央大の柴田大地を次々に抜き去った。
あっという間に2位に浮上し、残る獲物は“山の名探偵”の異名を持つ早大の工藤慎作ひとり。15キロ過ぎの地点で工藤の背中を確認した黒田は、さらにピッチを上げる。
工藤も速いが、黒田はそれ以上に速い。工藤は19キロ過ぎに並ばれ、じりじりと引き離されてしまった。「抵抗できない状態だった」と工藤。結局、早大は青学大から18秒差の2位で往路を終えた。
往路に続き、復路も制して2度目の3連覇を果たした青学大の原は「全国レベルの駅伝で、こんな山登り、山下りのコース設定は他にない。なぜ、そこに向き合わないのか」と語っていたが、これは至言である。
5区は20.8キロで標高差、実に874メートル。急勾配の登りが続き、国道1号の最高地点を過ぎると、今度は急な下り坂に入る。原が指摘したように他の駅伝では類を見ない特殊なコースである。
それゆえ、どの大学も山登りのスペシャリストを重用してきた。順天堂大の今井正人、東洋大の柏原竜二、そして青学大の神野大地。彼らをして「山の神」とは、よく言ったものだ。
しかし今回、区間記録を1分55秒も縮める1時間7分16秒という異次元のタイムを叩き出して4人を抜き去った黒田は、中大・藤原正和監督の言葉を借りれば「本当にバケモノ」である。
原が授けた称号は「シン・ゴジラ」ならぬ「シン・山の神」。これはもう、触らぬ神にたたりなし、か。
<この原稿は『週刊漫画ゴラク』2026年2月6日号に掲載されました>