日本野球の土台は、やっぱり甲子園(全国高校野球選手権)だなあ。つくづく思う。
 今年は、最大の目玉である“160キロ投手”大谷翔平(花巻東)が、岩手県予選の決勝で敗退し、とびぬけたスターのいない大会になるのかと思った。
 ところがどっこい、桐光学園の2年生左腕・松井裕樹が出現したのである。
 なにしろ、1回戦の今治西戦では10連続を含む22奪三振の新記録。2回戦の常総学院戦は19奪三振。これは常総学院の木内幸男前監督が「ウチは18三振かな」という予想を1個上回ったのでした。ただし、この試合、常総が松井から5点取ったことも忘れてはいけない。

 174センチ、74キロ。さして大柄ではない。武器は、神奈川県予選で敗退した横浜・渡辺元智監督をして「高校生では打てない」と言わしめたスライダー。
 ただし、まだ疲れがたまらない1回戦や2回戦では、ストレートのキレも際立っていた。ときには145キロくらいは計測していたが、なによりもボールの回転がいい。打者の手元で伸びがある。それと、鋭角に曲がり落ちるスライダーを組み合わせられると、たしかに高校生では打てないだろう。

 今年の大会は最終的には、優勝した大阪桐蔭のエース藤浪晋太郎に注目が集まったけれども、桐光学園が光星学院に負けるまでは、“松井裕樹の大会”であった。
 彼を見て爽快感があるのは、おそらく、日本的なピッチャー像を体現しているからである。
 たとえば、三振を10も20も取るということは、それだけ球数は増えやすい。いわば、150球投げても20個三振を取りたいという欲望が彼を支えている。たとえ本人が「数にこだわらない」と言ったとしても、これはピッチング・スタイルの問題である。当然ながら、昨今隆盛をきわめるメジャーリーグ的な球数を制限する発想とは、真っ向から対立する。
 加えて、身長もそんなに高くない。小さな体を躍動させて、ひたすらキャッチャーミットに投げ込む。野球小僧そのままの姿勢が、楽しい(20個も三振をとられたら守っている野手は難しいと思うけど)。

 そうですねえ。往年の名投手でいえば、工藤公康に近いだろうか。
 ひとつだけ、言わずもがなの蛇足を加えるならば、右足を上げ、左腕がバックスイングに入るとき、やや上体が反って、顔が上を向く動作がある。彼の持って生まれた投げ方なので、外野がガタガタ言う筋合いはないが、ただ、この動きはもう少し抑えたほうがいいのではあるまいか。
 工藤も足を上げるとき、やや上体が反り加減に見えることがある。しかし、体は実際には反るのを抑えて、上体は垂直を保っていたように思うのだが。
 ともあれ、気の早い話で恐縮だが、このスター誕生で来年の神奈川県予選が楽しみだ。来年の横浜はたぶん相当強い。今夏、脅威の1年生コンビといわれた浅間大基、高濱祐仁も黙ってはいないだろう。松井のスライダー対AT砲。3年生になった松井と横浜打線の対決やいかに!? できれば決勝で当たって、全国放送してほしいですな。

 日本野球の土台が、このように甲子園によって営々と築き続けられてきたとすれば、現在、その真価を世界に向けて証明する場がWBCである。
 ご承知のように、来春行なわれる予定の第3回WBCについては、まず日本プロ野球選手会が、不参加を表明するという事態からスタートした。結果的には<?選手会が主張していたスポンサー権、商品化権をおおむねMLBが認めたこと?NPBが(代表の)権利をしっかり管理し、事業部局を立ち上げるなどビジネスの構築を約束したこと、の2点>(『スポーツニッポン』9月5日付)によって、選手会も参加を決定した。

 選手会の主張はもっともだと思うが、ここでは別の視点で考えたい。
 WBCは、まだ本当の世界大会になっていない。過去2回を見てわかったことは、この大会に必死で勝とうしているのは、日本と韓国とキューバの3国だということだ。アメリカ代表が、なにがなんでも優勝したいと思っているとは、とても思えない。
 前回大会でのことだが、レッドソックスのテリー・フランコーナ監督(当時)は、「ダイスケ(松坂大輔)が国のために投げるのは素晴らしいが、ウチの他の投手は同じように感じていない」とコメントをした。あるいは、マニー・ラミレス(当時ドジャース)は「日本の最後に出てきた投手(ダルビッシュ有のこと)は、いい投手だね」と発言をしている。
 日韓キューバが必死にやっているのを、高みの見物しているという姿勢である。

 なぜそうなるか。
 やはり3月という時期が問題だろう。早急に、レギュラーシーズンの真っ只中、オールスター期間中に移すべきである。4年に1回、オールスター期間を3週間くらいとればいい。そうすれば、トップコンディションで開催することができる。
 誰だって、3月にトップコンディションにしたら、10月までもたないに決まっている。それなら、WBCは観戦して、自分たちはワールドシリーズを目指そう、というのが、多くのメジャーリーガーたちの感覚ではないだろうか。

 もうひとつ、提案がある。野球でも日本代表「侍ジャパン」を常設化するというのなら、4年に1回のWBCだけに頼っていてはダメだろう。
 本気の3カ国、すなわち日本、韓国、キューバによる「3カ国対抗戦」(「スリーネーションズ」とでも名付けましょうか)を始めてはどうか。こちらは、毎年やってもいい。
 もちろん、韓国は近いけれどもキューバは遠いし、実現までは大変だろう。しかし現にこの11月に、日本代表のキューバ戦が組まれているではないか。韓国では、ご存知の通り高校野球の世界選手権(18U世界野球選手権大会)も開催されている。つまり、できないことではないはずである(WBCだって簡単にできたわけではないけど、実現はしたのだから)。

 WBCのオールスター期間開催、日韓キューバ3カ国対抗戦の設置。
 たわごとのように聞こえるかもしれないが、選手会だって困難な交渉を経て一定の果実を得た。甲子園という土台で、年々、せっかく多様な才能が芽吹いているのである。彼らが目指すべき日本野球の最高峰とは、どのようなものであるべきか。明確に示す仕組みを構築しておくことが、それこそ選手会の言う「日本野球の将来のために」必要なのではあるまいか。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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