ニューヨーク・ヤンキースが苦しんでいる。
 7月18日には2位に10ゲーム差を付けていたチームが、以降は20勝26敗と不振。9月4日のレイズ戦に敗れ、同日に2位のオリオールズが勝ったため、この時点でオリオールズに勝率で並ばれてしまった。
 翌日に単独トップの座を取り戻したものの、6日の直接対決初戦で敗れ、再び同率に。一時は快適に思えたリードがきれいに消失した。3位につけるレイズとのゲーム差もわずか2ゲームで、このまま崩れれば2位確保すら怪しくなる。
(写真:イチローも貴重なロールプレーヤーとして貢献はしているが……)
「私たちの目標は地区優勝を飾ること。目標であり、期待されていることでもある。最後の1カ月は激しい旅になるだろうね」
 ブライアン・キャッシュマンGMはそう語り、高レベルのアメリカンリーグ東地区制覇に依然として自信を示す。しかし現状では、今季も年俸総額に2億ドル以上が費やされたスター軍団が、地区優勝のみならず、ワイルドカードでのプレーオフ進出を逸する可能性ことすらも考えられない話ではなくなっている。

 大差で首位を走っている間も、圧倒的な強さを感じさせるチームではなかった。マリアーノ・リベラ、マイケル・ピネダが今季絶望のケガを負ったのをはじめ、アレックス・ロドリゲス、マーク・テシェイラ、アンディ・ペティートなど故障離脱する主力選手が続出。資金力に裏打ちされた層の厚さで乗り越えてきたが、もともと高齢選手が多いロースターが、夏場あたりからついに息切れを起こしてきた感がある。
(写真:故障者リストから復帰したA・ロッドは打線を活性化できるか)

 9月5日までの24試合で、ラウル・イバニェスは打率.162、カーティス・グランダーソンは.167(72打席で25三振)。さらにアンドリュー・ジョーンズも5日までの14試合で打率.114と落ち込むなど、多くのベテランが不調に陥った。おかげで8月27日以降は2桁安打のゲームが9試合連続でゼロ。特にホームランが出なかった試合で4勝20敗と、長打力不発のゲームで脆さをみせている。

 投手陣を見渡しても、CCサバシア、黒田博樹という左右の両輪は安定しているが、3番手以降がもうひとつ。フィル・ヒューズは8月7日以降2勝4敗と勝ち星に見放され、イバン・ノバはDL入りし、ガルシアは防御率5点台。8月はデビッド・ロバートソン、ラファエル・ソリアーノ以外の救援投手たちが通算防御率5.18、WHIP1.66と苦戦したのも痛かった。
 
 もっとも、そんな厳しい状況下でも、依然として「最後に勝ち残るのはヤンキース」と予想する関係者は多い。
 これだけのレベルのタレント集団が、確かにもう1カ月通じて苦しみ続けるとは考えにくい。何より、残り試合のスケジュールがヤンキースの味方をしている。

 9月10日以降の今季最後の22試合中、16試合は下位低迷中のレッドソックス、ツインズ、ブルージェイズと対戦(3チーム併せて今季180勝231敗)。特にシーズン最後の3シリーズはこの3チームが相手だけに、勝負がここまでもつれ込んだとしても、ヤンキースは優位とも考えられる。

 ただ……思い返せば1年前。昨季終盤に失速したレッドソックスもシーズン最後の10戦で最下位のオリオールズと7度も対戦し、その7戦で2勝5敗と苦戦。結局はレイズに9ゲーム差をひっくり返され、ワイルドカードすら獲得できなかったのは記憶に新しい。

 2007年に残り15ゲームで7.5ゲーム差を逆転されたメッツも、最後の7戦のうち、下位のナショナルズ、マーリンズに1勝5敗。プレッシャーのない若手選手たちに自由奔放に走り廻られ、ずるずると後退したものだった。

 今季のヤンキースも同じように崩壊していくと言いたいわけではない。他ならぬ筆者も、経験豊富な“ブロンクス・ボンバーズ”が残り1カ月の中で徐々に建て直していくと考えている。

 ただ、その一方で“ヤンキースは大丈夫”説の根拠が“容易なスケジュール”だけだったとすれば、正直言って少々心許ない。失うもののない下位チーム、宿敵にだけは優勝させたくないレッドソックスは、大きな重圧を背負うであろうヤンキースにとって必ずしも楽な相手とは思えないからだ。

 それよりも、鍵となるのはグランダーソン、テシェイラ、ロドリゲスといった主力選手の復活だろう。8月に左足を痛めるまでのテシェイラは、チーム内で最も安定したペースで打点を叩きだせる打者のひとりだった。今週末には復帰が見込まれるこのスイッチヒッターが、ホームラン数ではチーム内最多のグランダーソンとともに復調できれば、打線に大きな心配は必要なくなる。
(写真:ロビンソン・カノーの爆発にも期待がかかる)

 5日のレイズ戦で貴重な打点を挙げたロドリゲスにも、今季の残り試合では打線の中央に君臨し続けてもらわなければならない。37歳になったA・ロッドはもうスーパースターと呼べる選手ではないが、それでも相手投手を警戒させる存在感は健在だ。この選手がいるといないとでは、やはりラインナップの厚みが違ってくる。

 イチローの電撃トレードでの移籍とチームの急降下がタイミング的に被ることから、その関連性を考える日本のファンもいるのかもしれない。
 外野の3つのポジションをハイレベルでこなしてくれるイチローも、チームにとって必要なピースではある。ただ、ほとんどの試合で8、9番を打つ選手が、チームの長い目での浮沈にそれほど大きな影響を及ぼしているとは考え難い。

 それよりもこれから先の1カ月では、投手ではサバシア、黒田、ロバートソン、ソリアーノ、野手ではデレク・ジーター、カノー、ロドリゲス、テシェイラ、グランダーソンといったメインのピースの貢献が重要になってくる。特に自身のスタンダードを上回るレベルの成績を残しているのはジーターくらいの野手陣が、これから先に要所で必要な得点を叩きだしていけるかどうか。
 
 1年前にレッドソックスがまさかの崩壊を味わった後――テリー・フランコーナ監督、セオ・エプスタインGMという重鎮たちが相次いで退団し、ボストンの1つの時代が終わった。もしも今秋、ヤンキースがまさかのプレーオフ逸といった事態になったとしたら、ニューヨークには何が起こるのか。レッドソックスと同じようにトップのすげ替えといった荒療治までは考えにくいが、大きな騒ぎになることは間違いあるまい。
(写真:1年前、大逆転を喫したレッドソックスでは、フランコーナ監督がチームを去ることになった)

 スリリングな予感とともに、2012年のMLBレギュラーシーズンはあとわずか。悲劇と背中合わせのプレッシャーが徐々に増す中で、2億ドルロースターの真価が問われることになる。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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