「口は歪み、目の焦点も定まっていなかった。それでも話は理路整然としていた。しかし監督としての現場復帰は、さすがに難しいのでは……」
 前中日監督の落合博満は9月8日、松山市内で講演を行った。以上は講演を聞いた男性会社員の感想だ。

 落合の異変を最初に報じたのは『週刊ポスト』(9月7日号)である。タイトルは<落合博満を襲った「顔面麻痺」119番! 緊急搬送>。同誌によると落合は8月16日、和歌山県太地町の「落合博満野球記念館」で倒れ、病院に搬送されたという。「意識障害や顔面麻痺は脳卒中の代表的な症状」との医師のコメントも紹介されている。

 昨季限りでユニホームを脱いだ落合に注目が集まるのは、来春開催される第3回WBC日本代表(侍ジャパン)監督の最有力候補と見られていたからである。
 8年間で4度のリーグ優勝は実績として申し分ない。WBC日本ラウンドを主催する読売新聞グループ本社の渡邉恒雄会長も「落合君しかいない。だって他にいますか」と強力にプッシュしていた。
 しかし脳卒中の疑いもある顔面麻痺とあっては、大役を任せるわけにはいかない。渡邉会長も9月10日には「落合はダメになったということだ」と候補から外れたことを認めた。

 もっとも、落合本人は最初から代表監督には乗り気ではなかったようだ。「絶対にやりません。永遠にありません」と断言していたが、これは本音だろう。
 落合に近い球界OBは語る。「この先、どこかの球団の監督になる可能性は十二分にある。彼は144試合制のペナントレースには魅力を感じているが、短期決戦は邪道という考え方。日本シリーズに4回出て、1回しか勝てなかったのも、元はと言えばそこに原因がある。メジャーリーグでプレーする選手や日本のトップを集めて“後は頼んだぞ”というような大会に本人はあまり魅力を感じていないようだね」

 第2回大会でも、落合はWBCに協力的ではなかった。候補に選ばれた中日の選手たちが全員辞退すると、すかさずそれを擁護する発言を行った。「選手はNPBに雇われているわけではない。出たい選手の意思を尊重すると同時に、辞退する選手の意思も尊重しないといけない」
 もしかするとWBCは自分には縁のない大会と思っているのかもしれない。

 だが“オレ流トーク”は絶好調だ。「最終的には山本浩二さんで落ち着くんじゃないか」「一番見たいのは野村(克也)さんの全日本だな」などと講演では言いたい放題。
 ソリの合わない人間に対しては、たとえ先輩であっても口もきかない落合だが、この2人だけは別。山本とは現役時代から親密な関係で「オチ」「コージさん」と呼び合う仲。ノムさんに至っては余程ウマが合うのか、メディアと一線を画した中日の監督時代にもテレビでの対談に応じている。いっそのこと、侍ジャパンの総大将は落合に決めてもらったらどうか。

<この原稿は2012年9月30日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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