6階級制覇王者マニー・パッキャオの次戦が正式決定した。
 12月8日、ラスベガスにて、WBO世界スーパーライト級王者ファン・マヌエル・マルケスと対戦する(試合は147パウンドのウェルター級リミット)。この2人は2004年、08年、昨年とすでに3度も激突しており、いずれも大接戦ながらパッキャオの2勝1分。「またか」と少々うんざりしたような声も聞こえてくる。
(写真:19日にニューヨークでの会見に臨んだパッキャオはKO決着宣言も行った Photo by Vassili Ossipov)
 対戦相手決定に先立ち、パッキャオ陣営はミゲール・コット、ティモシー・ブラッドリー、マルケスの3人を現実的な候補として挙げていた。いずれにしても再戦だけに新鮮味はないが、その中でも本命は今年5月のフロイド・メイウェザー戦で健在ぶりを示したコットだったと言われる。

 ただ、自らが顔のカードで大金を稼げるだけの興行価値を誇るコットは、パッキャオの決断を待つことなく次戦を発表(12月1日にWBA世界スーパーウェルター級王者オースティン・トラウトに挑戦)。チョイスの限られたパッキャオは、メキシコの雄との4度目の対決に矛先を向けたという流れだ。

「マルケス戦の方が興行的にもより大きく、試合もよりエキサイティングになる。ブラッドリーには判定を持っていかれたけれど、マニーは(全12ラウンド中)11ラウンドに渡って試合を支配していた。再戦したって誰も興味を持たないよ」
 今年6月に疑惑の判定でタイトルを奪われたブラッドリーではなく、最終的にマルケスに傾いた理由をトレーナーのフレディ・ローチ氏はそう説明する。

 筆者個人としても、パッキャオ陣営の選択に異論を唱えるつもりはない。昨年11月の第3戦で内容的に“完敗”を喫した直後には、この連載でも「即座に再戦すべき。その試合が実現すれば、フロイド・メイウェザー戦以上にパッキャオにとって重要な一戦となる」という趣旨を記した。
 3度に渡ってマルケスに敗北寸前の苦戦を強いられたことは、パッキャオの偉大なキャリアの中でも見過ごせない“曇り”である。その宿敵をもう一度だけ対戦相手に指名し、可能な限り最高の状態に仕上げて、完全決着を付けるべきだと考えたのだ。

 しかし……あれから約1年が過ぎ、現時点でのパッキャオがこの厄介な相手を選ぶとは思っていなかったというのが正直なところでもある。
 過去3度の対戦が示す通り、マルケスはパッキャオにとって「悪夢のマッチアップ」。加えてここ最近のパッキャオはピークを過ぎたと思われるファイトが続いている。6月のブラッドリー戦も事実上はパッキャオの完勝ではあったが、その動きに鋭さが見られなかったのも確か。一方のマルケスは身体能力よりスキルが自慢のタイプだけに、39歳を迎えても急激な衰えはないだろう。
(写真:「過去3度も私が勝っていた」と主張するマルケスは4度目の対戦にも絶対の自信をみせる Photo by Vassili Ossipov)

 正式な予想を出す前にもうしばらく熟考するつもりだが、現時点で、筆者はこの試合はマルケスがやや有利かもしれないと考えている。鋭いステップインを失ったように見える今のパッキャオは、おそらくこれまで以上にマルケスにとってはカウンターのタイミングを図り易い相手に思えるからだ。

 試合前にパッキャオ不利と予想するとなると久々になる。ただ今戦に限っては、他にもそう考える関係者は存在するのではないか。そんな背景があるゆえに、確かに報酬は大きくともパッキャオをプロモートするトップランク社がブラッドリーよりリスクの大きいマルケス戦を承諾したことには少々驚かされたのである。

「過去3試合の判定への疑いを打ち消したい。本当に僕が勝ったのかどうかにいまだに疑問を呈する人がいるからね。だから、“このままではいけない。もう一度やらなければ”と思ったのさ。ハードにトレーニングして、短い試合にしたい。マルケスをノックアウトするつもりだよ」
 19日にニューヨークでの記者会見に臨んだパッキャオは、多くのメディアを前に盛んにそう繰り返していた。最近では珍しい明確な「KO宣言」。それが現実のものとなるかどうかは、本人が示唆する通り、心身のコンディション次第ということになるだろう。
(写真: フレディ・ローチ(左端)、ナチョ・ベリスタイン(右端)という両トレーナーまで含め、4度目の対戦だけにお馴染みの顔ぶれとなった感がある)

 加齢に加え、政治活動が忙しくなったことなどから、ブラッドリー戦の前にはパッキャオのモチベーション低下が噂された。案の定、その一戦での出来は芳しくなかった。さらに今回も当初は11月10日に予定されたファイトを12月8日にまで延期し、再びボクシングへの意欲が疑われることにもなった。

 また、たとえボクシングにかける気迫が残っていたとしても、肉体的な衰えというものは誰にでも忍び寄る。野性的なまでのスピードやバネが主な武器だったパッキャオは、いわゆる“長持ちしやすいタイプ”のボクサーではないはずだ。

 こうして心身ともにこれまでないほど疑われて迎える宿敵とのおそらく最後の対決は、パッキャオのキャリアにどんな影響を及ぼすのか。
 マルケスへのライバル意識が良い方向に働いて、かつての野性味を取り戻すことも考えられない話ではない。その上でパッキャオ、ローチがともに明言する積極戦法が功を奏せば、完全KOとは行かぬまでも、ある程度、明白な形でメキシコの雄をついに黙らせることも十分に可能だろう。ただ、逆に決定打を打ち込めぬまま要所にカウンターを取られ、ズルズルとラウンドを重ねた前戦と同パターンを繰り返してももう驚くべきではあるまい。
(写真:お馴染みのMGMグランドガーデンは今回もソールドアウトが濃厚)

 この試合の結果がどうあれ、私たちの世代が永遠に誇りにすべきボクサーであるパッキャオのキャリアが晩年に差し掛かっていることは間違いない。
 たとえここでマルケスの軍門に下ったとしても、彼が成し遂げた偉業は歴史上で燦然と輝き続けるはずである。しかし……それでもやはり、その見事なボクシングに魅せられてきたものとして、ボクサー人生の最後も華やかに締めくくってもらいたいと思わずにはいられない。

 悲観的な予想が頭から離れない一方で、いま一度パッキャオの“マスターピース”が観たいと切に願う。4戦に及ぶライバルとのシリーズを、奇麗な形で終わらせて欲しい。そう思っているものは、筆者以外にも、国籍を問わず世界中に数え切れないほどいるはずである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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