ブラジルW杯出場がはっきりと見えてきました。日本は11日に行われたブラジルW杯最終予選のイラク戦で勝利し、3位(2位以上が自動的に出場権獲得)との勝ち点差を8に広げています。なぜ、ザックジャパンはここまで順調に結果を残しているのか。守備の安定が大きいと私は見ています。
 カウンターのリスクを軽減

 最終予選の4試合を終えた時点での失点はわずかに1。さらに言えば、その1点もPKによるもの(オーストラリア戦、6月12日)で、流れから崩された失点はありません。安定した守りを実現できている要因としては、センターバック(CB)の選手がセットプレー以外では前線に攻め上がらないことが挙げられます。常に定位置のポジショニングをとり、カウンターから崩されるリスクを減らしているのです。

 ザックが指揮を執るまでの日本では、CBの選手が機を見て前線まで上がる場面が見受けられました。確かに、高さのある選手がゴール前に顔を出せば、迫力ある攻撃を展開できます。ただ、その分、DFラインが手薄になり、速攻から裏をとられるリスクもありました。今の日本のCBは、攻撃参加をグッとこらえ、相手FWの位置とマークを確認してカウンターに備えています。また、ボランチの遠藤保仁(G大阪)、長谷部誠(ボルフスブルク)も両方が攻め上がることはまずありません。必ずひとりが残って、CBとともにセンターラインを固めています。真ん中のエリアを崩されないように徹底することが、アルベルト・ザッケローニ監督の哲学のひとつなのでしょう。

 ご存知のとおり、ザッケローニ監督の出身地は守備の国・イタリアです。イタリアサッカーは“カテナチオ”(イタリア語でかんぬき)と表現される堅守が伝統的なスタイル。自分たちの攻撃時も守備陣は無理に上がらず、守りの陣形を崩しません。ザッケローニ監督はイタリア流の堅い守りを日本代表に埋め込み、日本版カテナチオをつくりあげようとしているのでしょう。

 イラク戦の勝因も、その堅守にあります。開始早々にはセットプレーからピンチを招きましたが、GK川島永嗣(リエージュ)がファインセーブ。さらに続けてセットプレーを与えたものの、吉田麻也(サウサンプトン)を中心とした守備陣がしっかりとクリアし、序盤をしのぎました。これで日本のDFラインは「抑えられる」という手ごたえと落ち着きを得られたことでしょう。最初の15分を過ぎると、カウンターを仕掛けてくる相手に裏をとらせず、ボールを奪って攻撃につなげる形ができあがっていました。マークの受け渡しも混乱する場面は見受けられず、守りが安定していたからこそ、前線の選手は積極的に攻撃を仕掛けることができたのです。これが25分の前田遼一(磐田)の先制点につながりました。

 中でも守りで光っていたのが、吉田です。イラク戦ではこれまでCBのコンビを組んできた今野泰幸(G大阪)と右サイドバックの内田篤人(シャルケ)が出場停止。そんな普段とは異なる状況下で、ボランチを含めた守備陣をコントロールしていました。体を張った守りはもちろん、周囲へも今まで以上に指示を飛ばしていましたね。前回も触れましたが、ロンドン五輪でDFリーダーに加え、キャプテンという重責も果たした経験が大きかったのでしょう。今季はプレミアリーグに戦いの場を移した後もレギュラーとしてプレーしています。プレミアのコンタクトの激しさは世界最高峰。そこで渡り合えることができれば、さらなるフィジカルと精神面ともにタフさを身につけられる。彼の今後の成長が本当に楽しみです。

 今後のキーマンは攻撃陣全員

 ザッケローニ監督が思い描く堅守のサッカーで予選の前半4試合を乗り越えられたことは非常に意義があります。ホームの3試合すべてに勝利し、最大のライバル・オーストラリアとのアウェー戦でも勝ち点1を持ち帰りました。監督も選手もチームの方向性には自信を持ったのではないでしょうか。残りの4試合ではアウェー戦が3試合もあります。長距離移動や気候、劣悪なピッチといったアウェーの洗礼は必ず受けるでしょう。ただ、これまでの試合で得た手ごたえを元に、厳しい環境下でも実力を発揮してくれるはずです。

 課題をあげるとすれば、攻撃面です。イラク戦に代表されるように、ゴール前を固めてくる相手守備陣を崩しきれませんでした。これまでも何度か触れてきましたが、中央を固める相手を崩すために有効なのはサイド攻撃です。なぜならば、ゴール前で守るDFがボールとマークする選手を同時には確認できず、ゴールへ向かう攻撃の選手への対応が遅れる。そのプレッシャーが一瞬弱まったスキを突けるからです。初戦(対ヨルダン)、第2戦(対オマーン)はサイド攻撃を主体に大量得点を挙げました。イラク戦もセオリーどおりに、両サイドバックが果敢にオーバーラップしてからクロス。左右のMFがドリブルで中に切れ込んでからのシュートやパスでゴールに迫りました。

 ところが、奪ったのは1点のみ。なぜ、大量得点に結びつけることができなかったのでしょうか。私はゴール前で相手を混乱させる動きが少なかったから、と考えています。たとえば、右サイドからのクロスに対して、ワントップの前田やトップ下の本田圭佑(CSKAモスクワ)が中央で待ち構えるだけでは、相手はマークする相手を絞りやすいでしょう。そこに、左MFがゴール前を横切るかたちでニアサイドに入り込めば、相手DFはマークし続けるのか、味方に受け渡すのかを選択しなくてはなりません。PA内という狭いスペースでスムーズなマークの受け渡しをすることはもちろん、その判断を一瞬で行うことは難しいものです。それがわずかなズレを生み、スペースをつくります。攻撃側から見れば、パスコースは広がり、シュートチャンスが増えるのです。

 イラク戦ではサイドバックの長友佑都(インテル)、駒野友一(磐田)が再三、オーバーラップしてクロスを供給していました。つまり、サイドを使った攻撃は展開できています。今後の試合では、ゴール前でのプラスアルファをより追求していくべきでしょう。

 その意味で、キーマンは攻撃陣全員です。サイドの選手も単にクロスを上げるだけでなく、バリエーションを増やす努力が求められます。またゴール前に詰める選手には逆サイドからのクロスに対する入り方を工夫したほうがいいでしょう。ハーフナー・マイク(フィテッセ)の高さも、もっと活用していく必要があります。イラク戦を踏まえて、今後の対戦相手はゴール前を一層、固めてくることが予想されます。繰り返しになりますが、守りは安定しているわけですから、攻撃陣の総合力でゴールをこじ開けてほしいですね。

 フランス、ブラジル戦は現在地を確認する場

 10月のザックジャパンは欧州遠征に臨みます。12日にはフランス、16日はブラジルとの対戦です。こういった強豪国とマッチメークできるようになったのは、日本の実力が認められてきた証でしょう。

 ザッケローニ監督が指揮を執って10月でちょうど2年になります。今回の遠征はチームの現在地を知る絶好の機会です。日本にはこれまで積み上げてきた戦い方がどれだけ通用するか確かめてほしいですね。特にブラジルはネイマール(サントス)や元東京ヴェルディのフッキ(ゼニト)、フランスもフランク・リベリー(バイエルン)といった強力な攻撃陣を擁しています。CBが無理に攻撃参加をせず、これまでどおりリスクマネジメントを徹底することで、どこまで抑えられるか。王国相手に簡単に崩されないような守りができれば、最終予選の先にあるW杯へ大きな収穫が得られるのは間違いありません。

 フランスとブラジルは、守りもしっかりしています。最終ラインを形成するのはダビド・ルイス(ブラジル、チェルシー)やパトリス・エヴラ(フランス、マンU)らいずれも欧州のトップクラブでプレーしている選手たち。そういった相手に、軸である4−2−3−1の布陣でゴールに速く迫れるかを“確認”する場でもあります。本田、香川真司(マンU)を中心にした攻撃陣が世界の壁をどこまで打ち破れるのかに注目です。

 ロンドン五輪では弟分のU-23日本代表が44年ぶりにベスト4進出を果たしました。また、なでしこジャパンは銀メダルを獲得。その後のFIFAU-20女子W杯でヤングなでしこ(U-20女子日本代表)が3位に入りました。今度は、A代表が世界を驚かす戦いを見せてほしいものです。

●大野俊三(おおの・しゅんぞう)<PROFILE>
 元プロサッカー選手。1965年3月29日生まれ、千葉県船橋市出身。1983年に市立習志野高校を卒業後、住友金属工業に入社。1992年鹿島アントラーズ設立とともにプロ契約を結び、屈強のディフェンダーとして初期のアントラーズ黄金時代を支えた。京都パープルサンガに移籍したのち96年末に現役引退。その後の2年間を同クラブの指導スタッフ、普及スタッフとして過ごす。現在、鹿島ハイツスポーツプラザ(http://kashima-hsp.com/)の総支配人としてソフト、ハード両面でのスポーツ拠点作りに励む傍ら、サッカー教室やTV解説等で多忙な日々を過ごしている。93年Jリーグベストイレブン、元日本代表。

*ZAGUEIRO(ザゲイロ)…ポルトガル語でディフェンダーの意。このコラムでは現役時代、センターバックとして最終ラインに強固な壁を作った大野氏が独自の視点でサッカー界の森羅万象について語ります。
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