1957年9月、MLBのブルックリン・ドジャースが今はなきエベッツフィールドで最後の試合を行なってから丸55年――。
 久々にブルックリンに誕生したメジャースポーツチームが、ニューヨークで大きな話題を呼んでいる。昨季までニュージャージー・ネッツとして活動してきたNBAチームが、今季からブルックリンに移転。新生“ブルックリン・ネッツ”となり、オープンしたばかりバークレイズセンターで新たな歴史を築き始めようとしているのだ。
(写真:美しいバークレイズセンターのオープン直後の評判は上々だ)
「人生のうちで、街の運命が変わる瞬間を目撃できる人はそれほど多くはいるわけではない。ブルックリンブリッジの開場に立ち会った人はそう自慢できるのかもしれない。そして新たなシンボルであるバークレイズセンターのオープンを目撃できた我々も、幸運であると言って良いのだろう」
 ネッツのロシア人オーナー、ミハイル・プロホロフ氏は9月に行なわれた新アリーナのお披露目イベントでそうコメント。白と黒で統一されたシックなアリーナは、実際に高級感とセンスを感じさせる見事な建物である。これまでは決して人気チームとは言えなかったネッツのイメージも、この場所への移転で奇麗に一新された感がある。

 今後、新アリーナではNBAの試合だけではなく、コンサート、ボクシング興行など様々なイベントが催されていく。宝石箱を引っくり返したように豪華なニューヨークの中でも、ネッツとバークレイズセンターは新たな売り物となっていくに違いない。

 ご存知のように、ニューヨークには1946年からNBAで活躍を続けるニックスというチームが存在する。“世界で最も有名なアリーナ”を自称するマディソンスクウェア・ガーデンに本拠を置くニックスは、マンハッタンの後光を背景に、良い時期も悪い時期も常にリーグを代表する人気球団であり続けてきた。

 そして今後、ニックスとネッツの間には本格的なライバル関係が誕生しそうな気配である。プロホロフオーナーは公の場で「ニックス? ああ、ニューヨークで2番目のチームだな」と発言するなど、すでに対抗意識をむき出し。両チームはブルックリンで開催される今季の開幕戦でいきなり直接対決する手はずになっており、このカードは大きな注目を集めることは間違いない。
(写真:司令塔デロン・ウィリアムスは期待通りフランチャイズの顔役を務めてくれるか)

「ニックスは確かに強固なファンベースを擁しているが、一方でこれまで絶えずファンの期待を裏切って来たチームでもある。ニューヨークの5区の中で最も人口の多いブルックリンに新チームが誕生する意味は大きく、ネッツがニックスを追い上げることは必至だ。人気面で短期間にネッツがニックスに近い位置まで到達しても私は少しも驚かないよ」
「ニューアーク・スターレッジャー」紙で長くネッツ番を務めてきたデイブ・ダレッサンドロ記者はそう語り、ブルックリン移転のインパクトの大きさに太鼓判を推す。ブルックリンを独立した市と考えるならロサンゼルス、シカゴに続き全米3番目に人口の多い場所となるだけに、このマーケットを支配できれば確かにその影響力は絶大だろう。

 もっとも、新アリーナや本拠地移転のフィーバーも永遠に続くわけではない。移転フランチャイズを真の意味で地元に根付かせるには、ファンに愛される魅力的なチーム作りが不可欠。そのためにはネッツはニックスとの間のローカルな主導権争いだけにフォーカスするのではなく、もっと広い視野で全米に存在感をアピールしていくべきである。

 そんな真実をよく理解するビリー・キングGMは、「私たちの目標はニックスを負かすことではなく、NBAのチャンピオンシップを勝ち取ることなんだ」と大きな夢を公言。ネッツが遠くない未来にNBAのエリートと呼べるフランチャイズになっていけるかどうかは、ニュージャージー時代から縁のなかったファイナル制覇にどれだけ近づけるかにかかってくるのだろう。

 大事な移転1年目に向けて、キングGMの指揮下で今オフに積極的なチーム作りを敢行。現役最高級のPGと言われるデロン・ウィリアムスに6年約1億ドルの新契約を提示して引き止めたのに続き、過去7季連続平均18得点以上の点取り屋ジョー・ジョンソンをトレードで獲得することにも成功した。
(写真:ジョー・ジョンソンはウィリアムスの負担を軽減させねばならない)

 加えてSFのジェラルド・ウォーレスと4年4000万ドルで、PFのクリス・ハンフリーズと2年2400万ドルで、センターのブルック・ロペスと4年6000万ドルで次々と再契約。金に糸目を付けずにロースターを整え、リーグ有数の好バランスの先発メンバーを揃えていった。

 ただ、確かにバランスは良くともやや破壊力には欠ける現在のメンバーで、ネッツは近未来に本当に優勝が目指せるのかどうか。同じイースタンカンファレンス内でもレブロン・ジェームス率いる昨季王者マイアミ・ヒート、強力なロースターを保つボストン・セルティックスらを捉えることができるのか。

 これだけ今オフに大金を投資してしまえば、しばらくはさらなる大補強は難しくなる。それだけに、原型となる現状のチームにかかる責任は重い。
 1、2年目にファイナルまでたどり着けないまでも、少なくともそれに向かって前進しているというポテンシャルは示しておきたいところだ。移転直後に4年連続で勝率を上げ、昨季のファイナルまで残ったオクラホマシティ・サンダーのように、早いうちから明るい未来を誇示できるかどうかがブルックリンの成功の鍵となる。
(写真:昨季はケガに泣いたブルック・ロペスもキープレーヤーのひとり)

 いずれにしても、ブルックリン・ネッツの存在は、2012-13シーズンのNBAにおける最大のストーリーラインの1つであることは間違いない。白と黒のシックなユニフォーム、アリーナに、今季は熱い視線が注がれ続けることになる。
 このチームの誕生は“街の運命が変わる瞬間”であると同時に、“リーグの勢力地図を変えるきっかけ”にもなるのかどうか。新たな歴史の始まりとともに、新時代の足音が聴こえてくるのか注目が集まる。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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