五輪はスノボを知らない人にも届く。それが素晴らしい ~プロスノーボーダー田中幸氏インタビュー~

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 ミラノ・コルティナオリンピックでの分かりやすい解説で注目されたプロスノーボーダーの田中幸さん。当HP編集長・二宮清純と共に五輪の熱戦を振り返りながら、スノーボードの魅力と日本勢の活躍の背景にあったものを見つめる。

二宮清純: 今回のミラノ・コルティナ五輪のスノーボードで、日本勢は4個の金メダルを含む9個のメダル(銀2、銅3)を獲得しました。前回の北京五輪(金1、銅2)から実に3倍増となったわけですが、その要因についてどうお考えですか。

田中幸 一番大きいのは、ランディング(着地部分)に特殊なマットが設置された施設が増え、オフシーズンにもしっかりトレーニングを積めるようになったことです。それこそ私たちの時代は、屋内の人工雪のゲレンデでオフトレをしていましたが、人工雪は硬くてけがが多かった。でも今はマットに着地できるので、ローリスクで難易度の高い技にチャレンジできます。

 

二宮: そうした練習施設は今、全国にどのくらいあるのでしょう?

田中: 2003年に神戸に初めて誕生して以降、宮城、埼玉、富山、長野、福岡など各地にできて、今は10カ所以上あると思います。こうした施設の広がりと共に、日本各地に優秀な指導者が育ってきたことも勝因の一つです。1990年代にスノーボードに親しんだ人たちが親となり、子どもを練習施設や指導者の下に通わせるようになった。ちょうどその子どもたちが現在の20歳前後の世代なのです。

 

二宮: なるほど。今後オフトレの安全面が向上すると、スノーボードの競技人口はさらに増えていくでしょうね。

田中: 私たちの世代は練習のリスクが高かったので、結婚を機にスノーボードをやめる人が多かった。今後はそうした問題も解消されていくのではないかと思います。

 

二宮: 具体的に五輪の各種目を振り返っていきたいのですが、女子ビッグエアで金メダルを獲得した村瀬心椛選手は着地がすごくうまいですね。あれもマット練習の効果でしょうか。

田中: それもありますし、彼女はバックカントリーといって不整地を滑っていることも影響していると思います。何の手も加えられていない白馬(長野県)の自然の中でジャンプして、回転して、着地までやっている。

 

二宮: 村瀬選手がバックカントリーを滑る様子を動画で見ましたが、スノーボードで池の水面も滑っていましたね。あれには驚きました。

田中: 水上を渡り切るためにはスピードが求められます。彼女は雪の状態を見ながら、どのくらいの速さで水上に入ればいいか。自分の感覚でスピードを調整できるからこそ、それが可能なわけです。もっとも、あそこまで行くともう超人レベルですが(笑)。

 

二宮: 確かに、適正なスピードでないと、あれほどピタリと着地できないでしょうね。

田中: スピードが出過ぎると飛びすぎて着地がうまくいきません。ですが、彼女はジャンプの飛び出しの瞬間からしっかりと板をコントロールしつつ、着地に合わせることを頭の中で計算しています。

 

二宮: ビッグエアは一つの空中技で完結する、ある意味一発勝負の種目ですからプレッシャーも大きいのでは?

田中: だからこそ集中力が重要になります。テレビでは、よくスタート台にいる選手とコーチが映っていると思いますが、コーチはほとんど選手に声をかけません。集中力を途切らせないためです。選手たちは、音楽を聴くなどして自分の世界に入って成功するイメージを作っています。そうした集中力を高める部分が、日本人選手はとても上手です。

 

二宮: 村瀬選手は、ただ勝つだけではなく自分を表現するという点に、多くの人が感動したように思います。

田中: 五輪の舞台に立つ選手はみんなうまい。加えて、彼女の滑りはスノーボードをしない人にも伝わるものがあり、そうしたことが点数としても金メダルにつながったのだと思います。

 

二宮: 男子ビッグエアで金メダルを獲得した木村葵来選手はどうでしたか。

田中: 彼の強さは、大舞台でも自分の滑りがしっかりできて、しかも楽しむことのできるメンタルの強さです。周りの選手たちが転倒しても微動だにせず、自分の滑りをきっちり決めました

 

二宮: 女子スロープスタイルで金メダルを獲得した深田茉莉選手はどうでしょうか。

田中: 佐藤康弘コーチと二人三脚で人一倍の練習を重ねてきました。そんな彼女のひたむきな真面目さや素直さが、勝因になったと思います。メダルを期待されていたビッグエアで勝てなくて相当落ち込んだと思うのですが、しっかりメンタルを立て直して潔い滑りをしましたね。

 

二宮: 男子ハーフパイプで五輪連覇を期待されていた平野歩夢選手は、大会直前に複数箇所の骨折という大けがを負いました。出場すら危ぶまれた中で、結果は見事な7位入賞。どのように恐怖心を克服したのでしょうか。

田中: 恐怖心は当然あったと思います。五輪後、インスタグラムの投稿に「最後はもう人間をやめてました」と書いていましたが、相当な葛藤も抱えていたはずです。努力の人である彼が、これまでやってきたことを信じて気持ちを奮い立たせたからこそ、体が動いたのではないでしょうか。

 

二宮: 前回チャンピオンという意地もあったでしょうね。

田中: もちろん連覇への思いはあったと思いますが、最後は恐らく、今の自分に打ち勝ちたいという気持ちだったのではないでしょうか。彼の持つ世界観は、自分自身がライバルというか、逆境の時に壁を打ち破る強さを表現することにあります。1本目を滑り、2本目に大技の「フロントサイドダブルコーク1620」(縦2回転+横4回転半)を決めた。けがを考えればそれだけでもすごいのに、3本目はさらに難度を上げてきた。惜しくも転倒してしまいましたが、その雄姿は見ている人たちに感動を与えました。まさに、記録よりも記憶に残るパフォーマンスでした。

 

二宮: 今回のハーフパイプは、他の選手もそうですが、北京五輪から格段にレベルが上がっているように見えました。

田中: 毎回、五輪のたびに歴史が塗り替えられる瞬間を見られます。すごい時代になりました。

 

(詳しいインタビューは4月1日発売の『第三文明』2026年5月号をぜひご覧ください)

 

田中幸(たなか・さち)プロフィール>

1981年1月6日、滋賀湖南市出身。八幡商業高校から社会人実業団(滋賀銀行)までの8年間、ボート競技を続け、インターハイや国体で優勝。2002年からスノーボードを始める。04年に退社し、国内外のスロープスタイルの大会やイベントを転戦しながら、DVDや雑誌メディア、広告撮影等で活躍。08年の日本オープンで脊髄損傷の大けがを負い、競技会からは引退。復帰後は、ストリートやバックカントリーを中心に活動を続ける。結婚・出産を経て、現在は冬季オリンピックなど競技会の解説者として活躍する傍ら、子どものいる女性がスノーボードを楽しむことを目的とした「ハッピーサークル」(長野県佐久市)を立ち上げるなど、スノーボード普及の活動にも取り組んでいる。

 

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株式会社第三文明社

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月刊誌「第三文明」で2010年1月号より好評連載中の「対論×勝利学」は、 二宮清純が一流アスリートや指導者などを迎え、勝利への戦略や戦術について迫るものです。 現場の第一線で活躍する人々をゲストに招くこともあります。 当コーナーでは最新号の発売に先立ち、インタビューの中の“とっておきの話”をご紹介いたします。

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