「今回は米国が本気になっている。(WBCで)日本に3度も勝たせるな、と。ですから(監督、コーチ就任を)引き受けてもらうことが非常に申し訳ない」
 こう語ったのは日本プロ野球機構(NPB)の加藤良三コミッショナーである。

 二転三転の末、元広島監督の山本浩二が日本代表監督に決まったが、加藤コミッショナーは「3連覇に向けた戦いは、きわめて厳しいものになる。侍ジャパンの監督を引き受けて頂き、心から感謝申し上げる」と述べるにとどまった。迷走の責任については、はっきり口にしなかった。

 米国が今回、どの程度、本腰を入れてくるかは定かではないが、少なくとも代表監督は“過去最強”だろう。メッツ、ブレーブス、カージナルス、ヤンキース、ドジャースの5球団で指揮を執り、最優秀監督賞に2度輝いているジョー・トーリが率いることが決定している。

 トーリは29シーズンで通算2326勝をあげている。これはコニー・マック、ジョン・マグロー、トニー・ラルーサ、ボビー・コックスに次いで歴代5位だ。監督としての長いキャリアの中で、ハイライトと言えるのがヤンキース時代の12年間だ。4度の世界一と6度のリーグ制覇を成し遂げている。1998年から2000年にかけての3連覇は今も記憶に新しい。

 日本人には松井秀喜のヤンキース時代のボスとしての印象が強い。03年の冬、トーリはハワイでバカンスを楽しんでいた。ところが松井の入団が決まるや、いったんバカンスを切り上げ、記者会見に立ち会うため30度も気温の違うニューヨークに戻ってきたのだ。
 そして、こう語った。
「マツイを見て改めて思ったが、サダハル・オーが日本のホームランキングだった当時から比べると、日本人の体は大きくなっている。イチローがアメリカの多くの人々の目を開かせたように、日本人が昔とは違うレベルになってきていることは明らかだ。マツイは会見で下手に公約を掲げないところも気に入った。彼は自分を見失ってはいない……」

 1年目の5月頃だ。メジャーリーグ特有の“動くボール”に思うように対応できず、スランプが続いた。悩む松井を救ったのもトーリだった。
「いいんだ。打てなくても気にするな。キミの素晴らしい守備で、ウチはいつも助けられている。ケースに応じたバッティングでも、立派にチームに貢献しているよ」
 トーリとの出会いがなければ、松井のニューヨークでの活躍もありえなかっただろう。

 話をWBCに戻す。06年の第1回大会は第2ラウンド敗退、09年の第2回大会はベスト4止まりと、WBCでの米国の成績は冴えない。
 春先ゆえ選手のコンディションも悪く、チームに求心力も感じられなかった。切り札投入で米国代表は変わるのか。楽しみでもあり、恐ろしくもある。

<この原稿は2012年10月28日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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