昔、将棋の大山康晴名人が、なぜか当時まだ若手だった中原誠現十六世名人を苦手にしていたことがあると記憶する(ちなみに、将棋にはまったく詳しくないのですが)。もしかしたら、その現象と似たような側面があるのかもしれないと思うのが、前田健太(広島)と大島洋平(中日)の対戦成績である。
 前田健太は、なぜか大島を、ブレイクする前から苦手にしていた印象がある(マエケンを大山名人に比するのはいかがなものか、というご批判があるかもしれない。あくまで構図が相似形だという話です)。昨季など、どうしてこうも簡単に打たれるのだろうと不思議になる試合もあったほどだが、今季の大島を見ればそれも納得できる。目覚ましい成長を遂げたものだ。

 ちなみに今季、前田健vs.大島は19打数9安打、通算で3割3分3厘。「低めの変化球をうまく拾われた」というのがマエケンのコメントである。確かにもともとマエケンが武器とする低めの変化球への対応は柔軟な打者だった。だから打たれやすかったということだろう。今季は、単に対応するだけでなく、さらにそれをヒットにする力がついて飛躍したのである。大島もWBC日本代表の有力候補に躍り出た、と言えるのでしょうね。

 その大島はなんとか打ったけれども中日はクライマックスシリーズに敗退して、日本シリーズは巨人対北海道日本ハムの顔合わせになった。結果オーライにすぎないが、まあ、良かった。やはり、日本シリーズは、セ・パ両リーグの優勝チームで争われるべきである。

 “日本的”投手で世界一に

 一足先に終わったメジャーリーグのワールドシリーズでは、サンフランシスコ・ジャイアンツが、デトロイト・タイガースを4連勝で下して優勝した。米国のジャイアンツ対タイガースも、ジャイアンツの圧勝に終わったわけだが、注目すべきは、ジャイアンツのチーム構成である。

 とりたてて、ものすごい打者がいるわけではない。投手陣にもスーパーエースがいるわけではない。むしろ、タイガースの方には投打にスーパースターが揃っている。3番は三冠王に輝いたミゲール・カブレラ、4番は、プリンス・フィルダー。毎年ホームラン王になってもおかしくない豪打の一塁手である。そしてエースはジャスティン・バーランダー。160キロ近い剛球を武器にする、事実上、現在メジャーのナンバーワン投手。

 これに対してジャイアンツは、ワールドシリーズに登板したローテーション順に言って、バリー・ジト、マディソン・バムガーナー、ライアン・ボーグルソン、マット・ケイン。ジトはカーブ投手でストレートは140キロそこそこだし、他の投手も150キロに届かない。ボーグルソンとは、かつて阪神、オリックスに在籍したあの投手である。ケインは今季、完全試合を達成したが、だからといってものすごい投手というよりも、右の標準より上の先発投手という印象が強い。

 この投手陣でワールドシリーズに勝てるということには、きわめて示唆深いものがある。 例えば、これを日本野球に置き換えて言えば、やや唐突かもしれないが広島でも巨人に勝てる、ということにならないか。だって、今季の先発投手でいえば、前田健、野村祐輔、ブライアン・バリントン、大竹寛。4人とも10勝くらいできる力のある、標準的な先発投手だ(マエケンは標準より上だと認めるとしても)。ワールドシリーズを日本野球に移して考えれば、この4人がローテーションで先発して日本シリーズに4連勝したようなものではないか。これは、巨人のように巨大戦力を集めるチーム作りが期待できないチームにとって、朗報と言えるのではないだろうか。

 ただし、ジャイアンツ(ややこしいけどサンフランシスコの方の)の投手陣には、共通する特徴があった。どの投手も球速は150キロに満たない程度だが、下半身主導で、無理のないしなやかなフォームで投げるのである。その分、コントロールもいいし、キレもある。ややもすれば、“日本的”とでも評されそうな投手像が、見事に体現されているのである。ボーグルソンにしても、阪神時代より、あきらかに下半身を使ってスムーズに投げているように見えた。

 “捕手力”における可能性

 4連勝の直接の要因となったシーンがある。そのボーグルソンが先発した第3戦。ジャイアンツ2−0のリードで迎えた5回裏である。ボーグルソンは1死満塁のピンチを招く。打席には2番クインティン・ベリー(左打者)。そして次が三冠王の3番カブレラである。

 ベリーへの投球。
? 外角高め ツーシーム ストライク
? 低めのチェンジアップ ボール
? 外角低め ツーシーム ボール(これはストライクに見えた。きわどい)
? 外角高めに抜けるボール(チェンジアップ?) ファウル カウント2−2。
? 外角低め ツーシーム 空振り三振!

 5球目の三振は、おそらく1球目の見逃しを利用して、それよりやや低めに投げたのではあるまいか。ちなみにツーシームの球速は、144〜146キロである(ダルビッシュ有や黒田博樹より少し遅いレベルといってもいいかもしれない)。

 2死満塁となっても、まだ最大のピンチは続く。三冠王カブレラにどう対したか。これも見ておこう(カブレラは右打者)。
? 内角にツーシーム ファウル
? 内角高め ツーシーム 詰まったショートフライでチェンジ。
 容易にわかることだが、このシーン、捕手バスター・ポージーのリードは徹底している。ベリーには外角に、カブレラには内角にツーシーム。この徹底ぶりが最大のピンチを切り抜けて、そのまま2−0の勝利へと結びついた。

 ジャイアンツを語る時、ポージーの存在も見逃すことはできない。今季首位打者をとったけれども、ポストシーズンではそんなに当たらなかった(第4戦で一時逆転となる2ランは打ちましたが)。ただ、この2打席に表れているように、リードを含めた守備で投手陣を支えたのは事実である。

 これもまた、少々日本的だとは思いませんか。日本球界には、捕手至上主義が根強い。その象徴的存在は野村克也さんだが、要するに強いチームには名捕手がいる、捕手がチームを勝利に導く、という思想である。個人的には、この思想は好きではない。打者を牛耳るには、配球よりもなによりも投手のボールの力が優先すると、ヘボ草野球投手としては信じたい。

 しかし、今年のワールドシリーズに関しては、ポージーの“捕手力”は際立っていた(再び、広島カープとの比較をもちだせば、石原慶幸や倉義和では少々厳しいが、谷繁元信とか鶴岡慎也あたりが捕手なら勝てるとか、そういうことだろうか。ちなみに、ポージーと鶴岡は、捕手としてのたたずまいがちょっと似ている。どちらも好きなのです、実は)。いずれにせよ、タイガース(デトロイトの)的=巨人(東京の)的チーム作りをしなくても、ジャイアンツ・ウエイのチームで勝てる可能性はあるということである。

 “巨人軍”の現状

 今年のドラフトでは、ご存知のように、巨人は菅野智之を単独指名した。本当は、どこの球団だって欲しかったに違いない逸材を、まさに“巨人流”のやり方で獲得し、またまた巨大戦力に大きな厚みが加わったことになる。これについては、もはや何かを言う気にはならない。それでもあえて言えば、現在の日本の政治を見ているような無力感でしょうか。我々はもはや、この無力感に慣れてしまっているのではないか。そんな気さえする。

 2日の「スポーツニッポン」紙の一面に、こんな見出しが躍っていた。
<ブーイングどこ吹く風 原巨人王手>
もちろん、日本シリーズ第5戦の4回表、日本ハム・多田野数人が巨人・加藤健に対して投じたインハイのボールを危険球と誤審され、退場になったシーンをさしている。球審は、ファウルの判定を原辰徳監督の抗議で覆したように見えた(少なくとも、捕手・鶴岡はそう証言している)。

 ただ、この見出しはもう少し味わい深い。よく読むと、日本社会における「巨人軍」の現状を、少し大きな視点から捉えているように聞こえてこないだろうか。ついでに言えば、「原巨人」の代わりに、たわむれに与野党のさまざまな党首+政党名を代入されてみるとよい。ね……。スポニチさんに座布団一枚!

 ともあれ、ジャイアンツの勝利は、そのような無力感にひたるばかりでも仕方がないことを、改めて思い出させてくれたのではあるまいか。あの4連勝は、われわれに突破口を見つけるヒントを示してくれた出来事だったのである。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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