今季、ヤンキースで16勝(11敗)をマークした黒田博樹の携帯電話に、かつての上司から連絡が入ったのはアメリカンリーグのリーグチャンピオンシップでタイガース相手に敗退した直後のことだった。

「オマエの力を貸してくれんかのぉ」
 声の主は広島時代の監督・山本浩二だった。3連覇を目指すWBCで日本代表の指揮を執ることが決まっていた。オファーした場合、代表入りは可能なのか。山本は探りを入れたのだ。

 長いシーズンが終了したばかりでもあり、黒田は回答を保留した。ヤンキースとは今季限りで契約が切れる。ヤンキースは新たに1年1330万ドル(約11億円)のオファーを出したが、すぐに決められる話ではない。契約したら契約したで球団側の意向も確認しなくてはならない。黒田が即答を避けたのは当然といえば当然だった。

 現在、黒田はメジャーリーグで活躍する日本人スターターの頂点にいる。勝ち星はダルビッシュ有(レンジャーズ)と日本人トップの座を分け合ったが、防御率(3.32)では0.6近くダルビッシュを引き離した。
 いかに黒田への信頼が厚いかについては、ブライアン・キャッシュマンGMの次のコメントからも明らかだろう。
「シーズンを通じてエースの働きをしてくれた。入団してくれて感謝している」

 誰が日本代表の監督になっても今の黒田を素通りすることはあるまい。実力、実績、ネームバリュー……。どれをとっても黒田こそは日本のエースと呼ぶにふさわしい。
 しかし、だからと言って簡単に代表へ招集できるわけではない。侍ジャパン入りまでには越えなければならない壁がたくさんある。

 仮にヤンキースと再契約した場合、故障リスクの高いWBCに、世界一奪還を目指す球団がすんなり参加させるとは思えない。前回大会ではMVPに輝いたレッドソックスの松坂大輔が、シーズン途中に戦線離脱を繰り返し、わずか4勝(6敗)に終わっている。股関節痛を押してのWBC出場が影響した。

 もちろん黒田本人の意思も確認しなくてはならない。自著『決めて断つ』(KKベストセラーズ)で本人は<(メジャーリーグで)1年を乗り切るには、よく言う「心・技・体」、この3つの要素がバランスよくなければならない。この3つが正三角形になれば理想的だが、僕が思うに、この中でもメジャーリーガーにとっていちばん大切なのは「体」である>と述べている。

 この記述に従えば、黒田は体づくりにマイナスになる選択はしないということだ。もしWBCに参加すれば、最低でも1カ月は前倒しで体を仕上げなくてはならない。それは黒田にとって望ましいことなのか、それとも……。

「もちろん、黒田には代表のユニホームを着てほしいよ。しかし、今はまだシーズンの疲れもあるようやし、こればっかりはなぁ……」
 指揮官もどこか諦観の口ぶりだった。

<この原稿は2012年11月25日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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