武智成翔(狭山セコムラガッツ/愛媛県松山市出身)第3回「新田で学んだSHの基礎」

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 2019年春、武智成翔(たけち・あきと)は愛媛県松山市の新田高校に進学した。当初の第一志望は松山聖陵高校だったが、それを変更したのは、“どこに行くか”よりも“誰と行くか”を重視したからだ。

「中学の同期が4人くらいいたのですが、全員が新田に行くと言うんです。次第に“この仲間たちと一緒に花園(全国高校ラグビー大会)に行きたい”と思い、自分も新田に入ることを決めました」

 

 新田は山本巌、向井昭吾という日本代表元監督を輩出した県内屈指の名門だ。元日本代表の坂田正彰、栗原誠治らも同高出身。全国大会出場も県内最多である。武智の入学直前の18年に45度目の全国高校ラグビー大会に出場した。1995年から05年までチームを率いた亀岡政幸が14年に監督復帰してから5年目のことだ。その亀岡の目に武智はどう映っていたのか。

「武智のことは中学総体(全国中学校総合体育大会)の県予選などで見て、知っていました。身体は小さいけれどガッシリしている。よく動くし、センスがあった。彼が中学生の時に、ウチの練習に参加しましたが、高校生の中に入っても見劣りしなかった。特にフィットネスに関しては、上位グループに入るレベルでした」

 

 中学時代、武智はウイング(WTB)、スタンドオフ(SO)、スクラムハーフ(SH)をこなすなどとユーティリティ性を発揮していたが、新田では主にSHを任された。彼を3年間、SHとして鍛え上げた監督の亀岡は、新田OBで3年時に花園ベスト8入りに貢献したSH。高校日本代表にも選ばれた経歴の持ち主である。

 

 武智は言う。
「亀岡先生からはスクラムハーフとしてのたくさんのスキルを教えていただきました。その中でも攻撃的なスクラムハーフになることで相手を混乱させ、前を見てスペースに仕掛けて味方を活かすなど今に繋がるようなスキルをたくさん教えていただきました。今の僕があるのは亀岡先生のおかげだと思っています」

 

 彼のラグビーキャリアを辿ると、“練習の虫”のエピソードが次々に出てくる。その点は高校時代の恩師、亀岡も認めるところだ。

「ウチの部訓は『黙々堂々』です。武智はそれを地で行く選手。黙々と練習し、堂々と試合で戦う。練習では妥協を許さないタイプ。彼が2年生になってから始めた朝練は1日も欠かすことはありませんでした。試合ではコンディションが悪い時でも彼なりの最高のパフォーマンスを発揮してくれました」

 

 

花園の苦い記憶

 武智本人は、苦笑交じりにこう語る。

「上手い先輩がたくさんいたので、“とにかく練習しなきゃ”と思いました。自分はセンスがないと思っていたので、その分、努力で勝つしかない、と。特にスキルに自信がなかったので誰よりも練習しました。友達には嫌がられるほど付き合ってもらった。2学年下の弟も高校(新田)までラグビーをしていたので、家での個人練習に付き合ってもらいました。弟が高校卒業後、ラグビーを続けなかったのは、もしかしたら自分がラグビーを嫌いにさせてしまったからかもしれません……」

 

 武智の不断の努力が、背番号9を不動のものとした。それは彼が2年生になってからのことである。新チームではキャプテンを任された。この“2年生キャプテン制”は新田が数年前から導入していたものだ。「高校2年になると、3年生に気を遣いながら1年生に対してはカッコつけたくなるもの。中弛みしてしまう時期に同学年のキャプテンが誕生すれば、その学年の結束が固まり、自覚も芽生えるからです」と亀岡は説明する。

「人間的にも素晴らしいし、彼しかいないと思っていました」

 

 武智キャプテン体制で臨んだ新田は、全国高校ラグビー大会愛媛県予選決勝で松山聖稜に13-21で敗れた。だが、この年はまだチャンスが残っていた。第100回の記念大会ということで、例年より出場枠が拡大されていたからだ。

 四国4県の2位校が「四国ブロック代表枠」をかけて争った。新田は準決勝で徳島の脇町に35-22で競り勝つと、決勝は高知の土佐塾に91-7で大勝し、花園の切符を掴んだ。武智はキャプテンとしてチームを牽引するだけでなく、プレースキックも託された。亀岡によれば、成功率は9割を超えていたという。            

 

 迎えた花園初戦は徳島の城東が相手だった。武智は「メッチャ緊張して、思ったようにプレーができませんでした。判断ミスが多かった」と振り返る。試合終了間際、29-24でリードしていた。武智は自陣でフォワードにボールを回し、ノーサイドの笛を待った。しかし、相手の圧力にさらされ、ターンオーバーを許す。ラストワンプレーの局面で同点トライを奪われ、最後はコンバージョンキックが決まり、痛恨の“サヨナラ負け”を喫した。

 

 この悔しさは最終学年で晴らす――。そう意気込んでいたであろう武智ら新田フィフティーンの前に立ちはだかったのが、松山聖稜だった。

 

(最終回につづく)

>>第1回はこちら

>>第2回はこちら

 

武智成翔(たけち・あきと)プロフィール>

2003年10月26日、愛媛県松山市出身。小学4年時からタグラグビーに触れ、6年時には全国大会にも出場した。中学でラグビー部に入り、本格的に競技生活をスター。高校は新田高校に進学し、2年時には主将として全国高校ラグビー大会(花園)に出場した。22年、帝京大学に進学。4年時にレギュラーの座を掴み、全国大学選手権ベスト4に貢献した。今年2月からアーリーエントリーで狭山セコムラガッツに加わり、第8節のヤクルトレビンズ戸田戦でデビュー。第13節の中国電力レッドグリオンズ戦で初トライを記録した。身長163cm、体重70kg。

 

(文・写真/杉浦泰介)

 

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