首都・東京に2020年五輪・パラリンピックがやってくるかどうかは来年9月、アルゼンチンのブエノスアイレスで開催されるIOC総会を待たなければならないが、19年ラグビーW杯の日本開催は既に決定している。メインスタジアムに予定されているのが国立競技場である。
 16年の五輪・パラリンピック招致ではメインスタジアムを東京の晴海地区に建設する案だったが、早くから私は国立競技場を改築すべし、という意見だった。
 その第一の理由は利便性である。調べたところ、国立競技場には徒歩約15分圏内の駅がJR千駄ヶ谷駅、信濃町駅、地下鉄の国立競技場駅、外苑前駅、北参道駅と5つもあるのだ。これだけ交通の便がいい場所は東京広しと言えども、そうはない。

 首都圏における国際基準のスタジアムと言えば、02年サッカー日韓W杯の決勝の舞台となった横浜国際総合競技場(現日産スタジアム)と浦和レッズが本拠地とするサッカー専用の埼玉スタジアム2002。横浜が日本最大の収容人数(7万2327人)を誇るのに対し、埼玉は陸上用レーンがなく、こと臨場感と迫力においては右に出るものがない。

 このように、異なるセールスポイントを持つ両スタジアムだが、双方とも利便性はイマイチ。横浜は最寄りの駅が少なく、1番近いJR小机駅からでも徒歩7分はかかる。試合時間が近付くと、駅周辺やスタジアムへの道は大混雑する。

 一方の埼玉もスタジアムまでアクセスできる駅がひとつしかなく、ために試合前後は、歩道が人であふれかえる。電車がきても、なかなか1回や2回で乗れることはない。
 そこへ行くと国立競技場は、文字どおり都心部にあり、これ以上の集客環境は望むべくもない。もっと言えば、この場所を利用しない手はあるまい。

 課題もないわけではない。陸上用レーンを設けるかどうか。これについて、スポーツ界に多大なる影響力を持つ日本ラグビー協会会長で元首相の森喜朗氏は「多くの観客を集められるのはサッカーやラグビー。だから、そちらをメインに考えるべき」と語っていた。

 確かにサッカーとラグビーのみを考えるならば、陸上用のレーンはない方がいい。サッカーのW杯予選のような重要な試合において、日本代表が横浜ではなく埼玉を本拠地的に使用しているのは、スタンドとピッチの距離が近く、それが大きな力になっているからである。ジーコが代表監督の時には「大事な試合は全部、埼玉でやってくれ」と協会に注文を出したそうだ。

 しかし、ナショナル・スタジアムとなると陸上用レーンを設置しないわけにはいかない。あまり知られていないが、国立競技場も正式名称は国立霞ヶ丘陸上競技場なのだ。

 そこで参考になるのがパリのスタッド・ド・フランスである。収容人数8万人を誇るフランスのナショナル・スタジアムは98年のサッカーW杯の決勝の舞台として知られるが、03年は陸上の世界選手権、07年にはラグビーW杯のメイン会場にもなっている。
 観客席は全てが屋根に覆われているため、雨が降っても濡れることはない。また客席の一部は可動式でサッカーやラグビーの試合ではピッチまでせり出すような仕組みになっている。

 このスタッド・ド・フランスを新ナショナル・スタジアムのモデルにしようという考えは国内にもある。
 国立競技場を管理、運営する独立行政法人日本スポーツ振興センターの河野一郎理事長は次のように語る。

「陸上、サッカー、ラグビーの世界選手権やワールドカップをやったことがあるスタジアムは、世界中でここだけ。大いに参考にさせてもらいたいと思っています」
 また河野理事長は「全天候型のスタジアムをつくりたい」とも語っている。このほど発表された新競技場のデザイン案では可動式屋根が含まれているが、問われるのは開閉式か閉開式か、という問題である。

 要するに普段はオープンエアにしておいて、雨が降った時やイベントの時だけ閉めるか、逆に普段は閉め切っておいて、天気のいい日には開けるかという選択である。
 私見を述べれば、開閉式でいくべきだろう。これについては、ラグビー関係者と陸上競技関係者との間で若干の温度差があるようだが、競技場の命は天然芝である。

 果たして、どんなナショナル・スタジアムが完成するのか。スタジアムを見れば、その国のスポーツ民度がわかるとも言われている。改修に1300億円もかける以上は、そこでプレーする選手や、観客から「こんな素晴らしいスタジアムは初めてだ」と世界中から羨ましがられるくらいの文化的公共財をつくってもらいたい。

<この原稿は2012年11月27日号の『経済界』に掲載されたものです>
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