第320回 「ボクシングの日」に捧ぐ名勝負
5月19日は何の日か。実は「ボクシングの日」である。
今から74年前の1952年5月19日、世界フライ級タイトル戦で、挑戦者の白井義男が王者ダド・マリノ(米国)を判定で下し、日本人初の世界王者となった。それを記念して日本プロボクシング協会が2010年に制定した。
この試合を含め、白井は後楽園スタヂアムで7回も世界戦を戦っている。
白井の最後の世界戦が55年5月30日、パスカル・ペレス(アルゼンチン)への挑戦だ。白井は54年11月26日にペレスに判定負けを喫し、ベルトを失っていた。
リベンジなるか。残念ながら白井は5回KOで敗れ、現役を退くのだが、驚くことに、この試合の最高視聴率(日本テレビ)は96.1%(電通調べ)。テレビ放送視聴率におけるアンタッチャブル・レコードだ。
ビデオリサーチが視聴率調査を開始した62年以降も、ボクシングは国民的人気を博し続けた。
65年5月18日、ファイティング原田がエデル・ジョフレ(ブラジル)から世界バンタム級のベルトを奪った一戦の視聴率は54.9%。66年5月31日、防衛に成功したジョフレとのリターンマッチは63.7%。
戦後、国際社会に復帰し、高度経済成長真っ只中にあった日本にとって、ラッシュ戦法を得意とする原田は躍進と発展のシンボルでもあった。
もっとも日本ボクシングにも“冬の時代”はあった。88年1月から90年1月にかけては、世界挑戦21連続失敗という不名誉な記録をつくっている。
さる5月2日、東京ドームで5万5千人を集めて行なわれた世界スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥対WBC&IBF統一世界バンタム級前王者・中谷潤人の一戦は、時代が異なるため一概に比較はできないが、異次元の技術戦という意味においては空前絶後だった。
井上はモンスターの、中谷はビッグバンの異名に恥じない戦いぶりだった。泉下で白井義男も喜んでいることだろう。
<この原稿は『週刊大衆』2026年6月1日号に掲載されました>