3階級制覇王者バーナード・ホプキンスにとって48度目の誕生日にあたる1月15日、その次なる挑戦が発表された。
 通算52勝(32KO)5敗2分1無効試合のホプキンスは、3月9日にブルックリンで無敗のIBF世界ライトヘビー級王者タボリス・クラウド(24戦(19KO)無敗)に挑む。2011年に46歳4カ月で世界タイトル獲得を果たした老雄は、この試合に勝てば自らが持つ最年長王座奪取記録をさらに更新することにもなる。
(写真:誕生日にブルックリンで行なわれた会見でホプキンスは次戦への意気込みを語った)
「自身のレガシーを守るための戦いだ。クラウドはタイトルを防衛し、自身のレガシーを築こうとするのだろう。彼は3月9日に俺のキャリアを終わらせようとし、俺は引き延ばそうとする。俺にとって年齢は敵ではないよ」
 壇上でそう語った挑戦者には、プロモーターからバースデイ・ケーキもプレゼントされた。現在のホプキンスにとっては年齢との戦いが最大の話題であるだけに、誕生日パーティと試合発表を合わせた会見は上手な売り出し方と言えるだろう。

 筆者が初めてホプキンスの試合を生観戦したのは、米同時多発テロ事件直後のニューヨークで行なわれたフェリックス・“ティト”・トリニダード戦。36歳の年齢もあって絶対不利とみなされた一戦で、ホプキンスはプエルトリコの雄を12ラウンドTKOに下して業界関係者を驚かせた。この時点ですでに加齢による限界が囁かれていたことを考えれば、依然として第一線で戦い続けていることは驚異としか言いようがない。

 トリニダード戦後にはオスカー・デラホーヤにもKO勝ちし、ミドル級の主要4団体王座(WBA、WBC、IBF、WBO)を史上初めて統一。40歳を超えてからも、アントニオ・ターバー、ロナルド・ライト、ケリー・パブリックといった評価の高い選手たちを明白な形で撃破してきた。

 そして2011年には、当時28歳だったWBC世界ライトヘビー級王者ジャン・パスカルに敵地モントリオールで判定勝利。ジョージ・フォアマンが持っていた45歳9カ月の記録を破り、前記通り、ボクシング史上最年長でのタイトル獲得に成功したのだった。

「俺はもうすぐ50歳。こんな高齢選手が活躍できていることを、他の選手たちは恥ずかしがるべきか? それとも俺が希有な存在なのか?」
 ホプキンス本人がそう示唆する通り、若いボクサーたちの不甲斐なさを指摘するのは簡単ではある。だが、このフィラデルフィア出身の拳豪の偉業に関しては、まずは本人の技術、努力、そして節制を讃えるべきではないか。
(写真:厳しい節制で知られるホプキンスは誕生日ケーキにも手を付けなかった)

 堅いディフェンスを武器にじりじりと自分のペースを掴むスタイルを構築し、多くのスラッガーたちをドツボにはめてきた。その徹底した健康管理は有名で、アルコール、薬物はおろか、試合が決まっていなくとも、身体に悪い食事は、ほぼ一切口にしないという。今回の会見で誕生日ケーキが振る舞われた際も、キャンドルの炎こそ吹き飛ばしたが、ケーキを食べることはなかった。
 
 この堅守とストイックな姿勢のおかげもあってか、年齢を重ねてもホプキンスの体調は常に万全。同じく現役に固執するロイ・ジョーンズ(44歳)、イベンダー・ホリフィールド(50歳)は、もはやいつ事故にあってもおかしくはないように思えるが、ホプキンスからはそんな危うさはまったく感じられない。
(写真:ライバルのロイ・ジョーンズ(右)も依然として戦い続けているが、危険な倒れ方でダウンを喫するシーンも見られるなど、全盛期からはすでにほど遠い)

「1度だけではなく、複数回に渡って歴史を刻むチャンスを与えられたことを幸運に思うべきなのは分かっている。そして、俺がいなくなったとき、みんなが寂しがることも分かっている」
 試合は必ずしもエキサイティングではなく、ヒール役を地でいくような言動が多いこともあって、アンチも多い選手である。ただ、尊敬に値する希有なファイターであり、伝説的なキャリアを歩んでいることは誰も否定できまい。本人の言葉通り、ホプキンスがリングを去る時に我々は深い喪失感を覚えることになるのかもしれない。

 さて、そんな大ベテランにとって61度目の試合となる今回のクラウド戦はどういった展開になるのか。
 31歳のクラウドは今が全盛のパワフルなファイターではあるが、戦績から連想されるほどのKOパンチャーではない。5度の世界タイトル戦でKO勝利は1度だけで、昨年2月のガブリエル・カンピロとの防衛戦では大苦戦の末に微妙な判定勝ちを拾っている。

 もはや追い足には乏しいホプキンスにとって、クラウドが常に前に出てくるスタイルなのは好材料。不器用な攻撃偏重型をさばくのは得意なだけに、挑戦者が17歳も若い王者を上手に料理しても驚くべきではないだろう。
(写真:無敗のクラウドも実力者だが、絶対不倒の選手ではない)

 もっとも、パスカルやパブリックと違ってクラウドにはスタミナの心配はないだけに、馬力負けしたホプキンスが徐々にポイントを失っていっても不思議はない。いずれにしても判定勝負が濃厚。ホプキンスの試合らしからぬ(?)スリリングな攻防の末、際どいポイントの奪い合いになりそうな予感も漂う。

「永遠に現役は続けられないと分かっている。サーカスみたいな存在にはなりたくないし、若手の力試しにあてがわれる負け役のベテランにもなりたくない。もし、この試合に負けたら、今後のことも考えなければいけないだろう」
 ホプキンスは昨年4月のチャド・ドーソン戦でも完敗を喫しており、もしも、ここで敗れれば2連敗。そうなれば商品価値の下落は必至で、いかに体調は良くとも、ビッグファイトの機会はもう巡ってこないかもしれない。だとすれば、ひと回り身体の大きなクラウドとの対戦は、ホプキンスにとって背水の陣で臨むタイトル戦だと言ってもよいのだろう。

 果たしてホプキンスは、48歳にして伝説に新たな1ページを加えるか。それとも、より若い王者についに引導を渡されるのか。ボクシングを「離れられない恋人」と呼ぶ老雄にとって、最後のランデブーになるかもしれない大一番は2カ月後。“歴史との戦い”に、全米から再び大きな注目が集まりそうである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。
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