12月19日にヤンキースと2年1300万ドル(約10億9000万円)で再契約し、イチローは今季もピンストライプのユニフォームを着て活躍することになった。
 昨季は移籍後、水を得た魚のようだったヒット・マシーンの活躍に興奮した日本のファンはもちろん楽しみだろうし、イチローと相思相愛と言ってよい関係を築いた地元ニューヨークのファンも喜んでいるはずである。
(写真:ヤンキースタジアムに球音が戻ってくるまで、もうあと3カ月を切っている)
 ただ、このイチロー残留以外では、故障で出遅れるアレックス・ロドリゲスの代役としてケビン・ユーキリスをホワイトソックスから獲得したのが目立つ程度。トータルで見て、今オフのヤンキースは実におとなしかった。
 黒田博樹、アンディ・ペティート、マリアーノ・リベラ、ユーキリスにすべて1年契約で総額5200万ドル(約45億7000万円)をつぎ込んだものの、他に目立った補強策はなし。背後には、ラグジュアリータックスの高騰を避けるべく、2014年までにペイロールを1億8900万ドル(約166億3000万円)以下にしたいチーム事情があったと言われる。

 結果として、捕手は人材不足で、内野は高齢化し、外野はパワー不足。ざっとロースターを一瞥しただけで、数々の疑問点が頭に浮かんでくる。
・過去2年に渡って正捕手を務めて来たラッセル・マーティンがパイレーツへ去り、大事な扇の要は実績不足のフランシスコ・サーベリ、クリス・スチュワート、オースティン・ローマインでやりくりできるのか?
・外野陣からは過去4年で105本塁打を放ったニック・スウィッシャーがいなくなり(インディアンスへ移籍)、イチロー、ブレッド・ガードナー、マット・ダイアズらを登用してこれまで通りの得点力を維持できるのか?
・昨季に42セーブを挙げたラファエル・ソリアーノの移籍も濃厚な中で、膝の靭帯断裂から復帰する43歳のリベラは完全復活できるのか?
・足首の故障明けのジーター(39歳)、臀部手術で球宴前後あたりまで出場できそうもないA・ロッド(37歳)、近年は成績ジリ貧のマーク・テシェイラ(32歳)、もはや全盛期の力はないユーキリス(33歳)といった高齢内野陣は、シーズンを通じて満足な働きをしてくれるのか?
(写真:ジーター、リベラ、ペティート、ホルヘ・ポサダという“コア4”の時代もいよいよ、もう本当にあとわずかか(ポサダはすでに引退))

 筆者個人の意見を言っておくと、現時点で予想をしなければならないなら、それでもヤンキースを地区優勝候補筆頭に挙げるつもりではいる。
 CCサバシア、黒田、フィル・ヒューズ、ペティート、イバン・ノバと続く先発ローテーションは強力。シーズン中に右肩故障からの復帰が予想されるマイケル・ピネイダ、昨季に実力を示したデビッド・フェルプスも何らかの形で役に立ちそう。トータルで見て、先発投手陣は評判の良いレイズ、ブルージェイズと比べても勝るとも劣らない。

 打線を見ても、1年後に晴れてFAとなるロビンソン・カノー、カーティス・グランダーソンらの爆発が期待できる。もちろん高齢化は懸念材料ではあるが、そう言われるのは今季が初めてではないし、ジーター、テシェイラ、イチローらももう1年くらいはハイレベルでやれるのではないか。そして、捕手を含め、シーズン中の補強だって不可能ではないだろう。

 「高齢化した元オールスターが敷き詰められたヤンキース打線が万全ではないのは確かだ。しかし、同地区内のライバルたちが大きく向上したように見えないのもまた事実である」
「ニューヨーク・デイリーニューズ」紙のビル・マッデン記者のそんな記述にも同意したい。迷走が続くレッドソックス、打線が依然として非力なレイズにもヤンキース同様、大きな上積みは見られない。

 1点差ゲームで29勝9敗、延長戦で16勝2敗といったデータが示す通り、昨季はややできすぎの感があったオリオールズが神懸かり的な強さを保てるかにも疑問符がつく。ホゼ・レイエス、ジョシュ・ジョンソン、R.A.ディッキーなどを獲得する大補強を敢行したブルージェイズにしても、もともと基礎の物足りなさが指摘されることが多いチームだけに、昨季、大補強を敢行しながら地区最下位に沈んだマーリンズのように崩壊する可能性は否定できまい。

 このような状態の地区内で、ほとんど押し出されるような形で筆者が本命視しているのは、やはりヤンキースとレイズ。ヤンキースは“給料総額200億円のアンダードッグ”などと言われながら、結局は97勝を挙げて地区優勝を飾った2011年の例もある。勝ち方を知ったチームはシーズンをまとめる術に長けているもので、今季も同じような道筋をたどってもまったく驚きはしない。
(写真:エドウィン・エンカルナシオンらの好選手を擁するブルージェイズを地区優勝候補筆頭に挙げる声もある)

 もっとも、そうは言っても、散々言われている通り、今年のチームにはこれまでほどの爆発力はないというのはおそらく真実だろう。
「本拠地の形状に適したチームを作るのは当然のこと。打者有利のヤンキースタジアムをホームとするヤンキースの場合、ホームラン打線がチームの根幹だった。しかし、今オフにスウィッシャー、マーティン、ラウル・イバニェス、エリック・チャベス、アンドリュー・ジョーンズが退団し、ロドリゲスがあてにならないことを考えれば、昨季から合計112本塁打が消えることになる」
「ニューヨークポスト」紙のジョエル・シャーマン記者のそんな分析も無視できない。

 特に外野の3つのポジションのうちの2つでは、イチロー、ガードナーというスピードタイプがレギュラークラスで起用されることが濃厚なのだ。昨季のヤンキースは「本塁打に頼り過ぎ」と言われ続け、プレーオフではその懸念が的中した感もあった。今オフのチームづくりは恐らく去年の弱点に対して出した答えでもあり、より多彩な攻撃が可能な打線はプレーオフのような舞台で効果を発揮するかもしれない。

 ただ……シーズン中はどうだろう? 昨季まではヤンキースのシーズン中の試合を観ていると、少々大ざっぱに言うと「誰かがどこかでホームランを打ってくれるだろう」という安心感があった。しかし今季は昨季の245本塁打(メジャー1位)から本数は激減が確実で、得点数も804得点(同2位)から大きく減る可能性がある。そんな中で、イチロー、ガードナー、エドゥアルド・ヌネス、グランダーソンなど走れる選手たちをうまく活かし、必要な得点を稼げるかどうか。

 高齢ゆえに夏場以降のスタミナに疑問が残るだけに、開幕からそれなりのペースで勝ち進んでおくに越したことはない。大きく出遅れた場合、一気に追い上げるだけの爆発力があるかは微妙である。開幕ダッシュとまでいかないまでも、序盤から好位置に付けることはこれまで以上に重要になりそうだ。
(写真:史上最高のクローザーと呼ばれたリベラの復活もポイントになる)

「高齢化と疑問の残るチーム運営によってヤンキースとレッドソックスは弱体化し、アメリカン・リーグ東地区はかつてほど高レベルではなくなった。依然として強力地区ではあるが、もはやメジャー最強ではない。そして2013年は、ヤンキースとレッドソックスがどちらもプレーオフを逸する1993年以来では初めてのシーズンとなるだろう」

「スポーツイラストレイテッド」誌のジョー・シーハン記者がそう記しているように、今季のヤンキースに悲観的な予想を語るものは少なからず存在する。 筆者の予想は前記した通りだが、楽なシーズンにはなりそうにないという点は疑いもなく同意する。イチロー、黒田の役割も大切になあるはずだし、1年を通じて日米のファンを沸かせるスリリングな戦いが続くことだろう。

 過去18年で17度もプレーオフ出場し、13度の地区優勝を重ねてきた常勝軍団は、2013年も力を保てるのか。ヤンキースとそのファンにとって、長く、苦しく、それゆえにエキサイティングなシーズンになりそうな予感が漂ってくる。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。
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