西本恵「カープの考古学」第99回<カープを救った“単月エース”渡邊信義編その3/金田の次はタイガースエースとの投げ合い>

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 カープ球団創設3年目の昭和27年のシーズンは、投手力に苦労した。8月17日の時点で21勝51敗2分けの2割9分2厘で7チーム中最下位であった。セントラル・リーグ連盟のお達しでは勝率3割を切ったチームの処遇は連盟に委ねられることになっており、カープはその瀬戸際に立たされ、もがき続けていたのだ。こうした中で救世主として現れたのが渡邊信義であった。入団から1年間はリリーフ登板で、2年目シーズンの夏場戦線にいよいよ先発投手として名を連ねるローテーション投手となった。加えて、前回の考古学でお伝えしたとおり、8月17日には国鉄スワローズでエースとして存在感を増す金田正一に投げ勝った。いきなりの大役を任された中で大金星を飾ってみせたのだ。

 

 8月19日付けの「中国新聞」において<奮戦カープ上昇一途>という見出しで伝えられ、ファンを沸かせた。

<国鉄を5対2と爆砕し、巨人を7対6と打ち破った広島は、最下位脱出に着々と成果を収め、渡辺の好調とともに、今節以降が楽しまれる>

 

 この記事のとおり、国鉄を破っただけではなかった。カープにしてみれば難攻不落の巨人軍に勝利を収めたことはファンにとって、この上ない至福のときだった。わが郷土を誇れる瞬間でもあった。というのも、このシーズンの巨人戦は1勝10敗とアマ対プロといえるほど、勝てなかったからだ。

 この時の巨人戦は、炭鉱の町、夕張で開催されたが、多くのエピソードと共に語り継がれる名勝負となった。また、この年、10月にいよいよ、「株式会社ラジオ中國」の放送が開始されるが、この日は巨人戦とあってNHKラジオから全国にむけて中継された。夕張での一投一打に地元広島のファンらは耳を凝らして聞いた。

 巨人の先発は別所毅彦だったが、驚くなかれ、この日、カープ打線はよく打った。

 先制したのは巨人。カープ先発の松山昇が初回に1点、2回に2点を奪われた。

 それでもカープは4回に1点、5回に2点をあげ、3対3。7回に1点ずつ加え、4対4で8回表のカープの攻撃を迎えた。

 

 別所が先頭打者にフォアボールを与え、無死一塁となったところで、巨人は別所をあきらめ、前年連勝記録を打ち立てた松田清にスイッチさせた。代わりばな、ショートの名手、前年ベストナインの平井正明が併殺にとることができなかった。これが影響したか、乗り切れない松田がフォアボールを出してしまう。

 

 ここからカープの怒涛の攻めが炸裂する。勝利に執念を燃やす白石勝巳が三塁打を放つと、続く岩本章も三塁打で続き、この回3点をあげた。

 巨人は、カープなんぞに負けてなるものかとばかり、9回裏に底力を見せる。2点を返して6対7と1点差に迫った。

 

夕張で巨人に粘り勝ち

 カープはツーアウトながらも一、二塁のピンチとなった。ピッチャーは松山をリリーフした杉浦竜太郎から3人目の長谷川良平に代わっていた。バッターボックスには、巨人の4番・川上哲治が入ったのである。

 

 長谷川が渾身の力を込めたボールを強振する川上。見事にとらえた打球は、三遊間の深いところを襲った。これを白石の猛烈な足運びと、お家芸ともいえる逆シングルでキャッチ。ここで、果敢にファーストに投げようとする。これを見て、二塁ランナー内藤博文は三塁を蹴ってホームへ向かう——。

 ところが、白石は投げない。一塁への“投げるふり”――いわゆる偽投であった。内藤は三塁からホームに向かって飛び出してしまう。白石は鬼のごとくランナーを睨みつけて追いかけ、タッチアウトでゲームセット。

 

 このシーンのラジオ実況に、食い入るほど聞き入っていた広島のカープファンたちだが……。川上の打球が三遊間を襲い、打球が抜けたかというシーンで実況は「川上 打ったアー!!」「三遊間のあたり」「ヒット」「ヒット」と絶叫——。ラジオの前のファンは、「あ゛~」と叫んだかと思うと、「あ~、あ~」とため息を漏らしたという。しかし、この一連のプレーが複雑で実況が言葉にならず、妙な間がうまれた。そして、次の瞬間のことである。

 

「カープ勝ちました」とラジオから聞こえてくるではないか——。何のことか、まったく分からないカープファン。面喰らいながらも、「カープ勝ちました」の実況に安堵した。なにはともあれ、勝った。勝った。勝ったならばよし——、と勝利の瞬間を受け入れたのである。

 

「中国新聞」では、こう伝えている。

<川上の内野安打で同点かと思われたが、千葉の代走内藤が白石の巧妙なトリックプレーに引つかかりついにおよばず>(昭和27年8月13日)

 

 当時のことを、榊原盛毅投手(故人)に聞いた。その証言がユニーク極まりないので記す。

「ベンチで見とった石本さんいうたら、三本間でランナーをはさんで、野手がボールを放るたび、に『ひやー』いうて飛び上がって、また、ボールをキャッチして投げる際に、『ひやー』いうて飛び上がって、結果、頭をベンチのコンクリートにぶつけてね」

 頭に手を当てて、うずくまりながらの勝利だった。選手らの一球ごとのボールにあたかも自らプレーしているかのように反応するという、いかにも石本らしいエピソードである。

 

快刀乱麻のピッチング

 暑い広島を離れ、最下位脱出に向けて善戦するカープの戦いを、ラジオ実況により伝えられるようになった中、渡邊の次なる登板である。金田に投げ勝った8月17日、仙台での国鉄戦を最後に北海道・東北の遠征を終え、広島に戻った。8月21日、呉市での大阪タイガース戦は杉浦が投げて0対3で敗れた。

 その翌日、広島総合球場に戻ってのタイガース戦に先発したのが渡邊信義だった。先発して勝つ——、という味を覚えた“単月エース”の力は本物であった。まさに快刀乱麻のピッチングをみせる。タイガース打線を8回3安打に抑え、三塁ベースさえ踏ませなかった。

 対するタイガースのエース梶岡忠義は、カープ打線を8回4安打に抑えた。こちらも三塁を踏ませない、この上ない投手戦を演じた。

 この時点で、梶岡が打撃で劣るカープ打線相手に、渡邊よりヒットを1本多く打たれていることから、渡邊に軍配があがるはずだ。

 

 だが、この均衡が崩れたのが、9回表のタイガースの攻撃であった。

 渡邊はワンアウトから、フォアボールを与え、迎えるバッターはこの日、渡邊から2本のヒットを放っている田宮謙次郎である。苦しいピッチングへの前兆は確かにあった。7回、8回とフォアボールを与えてわずかながらピンチがあったからだ。

 田宮へ投じた初球が外れ、ワンボール。直後の2球目が甘く入った。

<致命の2ランホームランを喫した>(「中国新聞」昭和27年8月23日)

 

 この場面を取材していた津田一男は<渡邊としては不覚の一発というより力尽きて打たれたというべきだろう>(同前)と評した。その後、タイガースのエース梶岡にも打たれ、ダメ押しの1点を許した。カープは9回裏を抑えられゲームセット——。

 

 カープは翌日23日からの名古屋軍との試合を考え、長谷川を温存した結果の敗戦であった。

 このことをさらに津田は指摘している。

<阪神打線もすっかり沈黙していたのだから万全を期して長谷川に切替えてみたいところであった>(同前)

 

 カープは“単月エース”渡邊のピッチングに確かな手ごたえがありながらも勝てなかった。加えて、翌日からは宿敵名古屋軍との対決である。このシーズン名古屋軍との対戦成績は0勝9敗1分と全く歯が立たなかった。シーズン開幕前まで長谷川をかくまい、移籍を目論んだ、あの名古屋軍である。結果、残留させたカープへの怨念のごとく、名古屋軍の全力での戦いを挑まれては、戦力で劣るカープには、正直太刀打ちできなかった。シーズン終盤8月末まで、全く勝てなかった名古屋軍との一戦。勝負の行方はいかに——。次回の考古学にご期待あれ。

 

【参考文献】

「中国新聞」(昭和27年8月13日、19日、23日)、「中国新聞」広島カープ十年史70回(昭和35年2月7日)、『カープ50年—夢を追って—』1999年(中国新聞社)、『RCC開局60年 デジタル化の道のり[50~60年史]』2013年(中国放送60周年史編纂委員会)、『広島カープ物語』2013年(トーク出版)

 

【挿入イラスト】

漫画『広島カープ物語』2013年(トーク出版)。「白石勝巳が“鬼の形相”でランナーをアウトにする」シーン

 

 

西本恵(にしもと・めぐむ)プロフィール>スポーツ・ノンフィクション・ライター
1968年5月28日、山口県玖珂郡周東町(現・岩国市)生まれ。小学5年で「江夏の21球」に魅せられ、以後、野球に興味を抱く。広島修道大学卒業後、サラリーマン生活6年。その後、地域コミュニティー誌編集に携わり、地元経済誌編集社で編集デスクを経験。35歳でフリーライターとして独立。雑誌、経済誌、フリーペーパーなどで野球関連、カープ関連の記事を執筆中。著書「広島カープ昔話・裏話-じゃけえカープが好きなんよ」(2008年・トーク出版刊)は、「広島カープ物語」(トーク出版刊)で漫画化。2014年、被爆70年スペシャルNHKドラマ「鯉昇れ、焦土の空へ」に制作協力。現在はテレビ、ラジオ、映画などのカープ史の企画制作において放送原稿や脚本の校閲などを担当する。2018年11月、「日本野球をつくった男--石本秀一伝」(講談社)を上梓。2021年4月、広島大学大学院、人間社会科学研究科、人文社会科学専攻で「カープ創設とアメリカのかかわり~異文化の観点から~」を研究。

 

(このコーナーのスポーツ・ノンフィクション・ライター西本恵さん回は、第3週木曜更新)

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