男女で程度の差こそあれ、柔道において指導の名のもとに暴力が存在するのは周知のことだった。トップレベルに限った話ではない。大学の体育会、高校の部活動レベルでも、指導者から殴られた経験を持つ者は少なくないはずである。
(写真:トップ選手たちの訴えから、柔道界は指導者のあり方や組織の体質が問われる事態になっている)
 もう25年以上も前の話になるが、私も高校時代、柔道部に所属していた。
 だが、上級生からはともかく、師範から殴られたことは1度もなかった。それはたいして強くはない柔道部だったからであり、同時に師範も「強豪校にしたい」などとはまったく考えていなかったからだろう。

 たいして強くはない学校だったが、それでも運良く東京・三多摩地区の団体戦トーナメントで上位に勝ち上がることはあった。ベスト8あたりまで進むと、相手は強豪校。先鋒から大将まで誰も相手校の選手に歯が立たず、0−5のストレート負けを喫してしまう。

「お前たち、今日はよく、ここまで頑張った」
 私の学校の師範は私たちに、そう声をかけてくれる。ところが、そのすぐそばで、私たちに圧勝した強豪校の選手たちは指導者からビンタを喰らっていた。
「あんなヤツらに手こずってるんじゃねぇ!」

 私は「まいったなぁ」「立場ないなぁ」という感じで仲間たちと顔を見合わせるしかなかった。他にも試合会場という公の場で選手が指導者から殴られているシーンを数多く見た。練習時にも体罰が行われていたことは想像に難くない。

 今回、女子柔道の指導現場における暴力・暴言行為が表面化したが、私はさほど驚かなかった。むしろ気になったのは、その行為の陰にパワーハラスメントが存在していたことである。これは早急に解決されなければならない。

 トップクラスの選手たちは、五輪代表になりたい、世界選手権に出場したい……そんな夢を持って日々、稽古に励んでいる。だから暴力や中傷的言動を浴びても我慢しなければいけない……と。これは体罰以上に問題だと私は思う。

 パワーハラスメントが生じる原因は明白だ。日本代表を決定する方法が明確ではないからである。

 五輪をはじめとする国際大会の代表は、どのようにして決められるのか? まず選考対象の大会が設定され、そこでの成績が重視される。だが、その大会で優勝したからといって自動的に代表になれるわけではない。ここに過去の実績が加味され、また世界レベルに通用する選手であるか否かという判断が全柔連によってなされることになっている。

 たとえば2007年の世界選手権代表選考会となった同年4月の「全日本選抜体重別選手権」。この大会の女子48キロ級で福見友子は決勝で谷亮子を破り、優勝した。しかし48キロ級の代表に選ばれたのは谷だった。理由は「実績重視」。この選考会の意味は、どこにあったのか?

 代表選考には全柔連役員の意向が大きく働く。ならば、彼らから理不尽なことをされても、代表の座を得るためには従うしかないという状況が生じる。つまり、代表選考の曖昧さがパワーハラスメントの温床なのだ。

 これは改めなければいけない。
 選考会で成績を残したものが代表になるという明確な形にする必要があるだろう。すでにレスリングでは五輪の代表選考において、そのシステムが用いられている。柔道も選考会で勝った者を代表にするというシンプルなルールをつくれば、選手たちのモヤモヤ感は解消されるのである。

 そもそも大会の出場権は全柔連が与えるべきものではなく、選手が掴むべきものなのだ。真っ先に、この部分の改善をすべきだろう。簡単なことなのだから、全柔連は選手たちへの影響力を維持しようとはせずに、すぐに改革へ着手してもらいたい。

 最後にひとつ。今回の騒動で、どうしても納得のいかないことがある。
 それはJOCに対して告発をした15人の選手の顔が見えないこと。彼女たちは表に出てきて自らの言葉で語るべきである。返り血を浴びる覚悟なく、自らは安全な場所に身を潜めて匿名で誰かを告発するというやり方は真っ当ではない。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』(汐文社)ほか。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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