迷った。迷いに迷って、なかなか決断することができなかった。12月30日、『KEIRINグランプリ』の取材を終え、京王閣競輪場を出た後も、まだ迷っていた。大晦日、さいたまスーパーアリーナへ行くか、両国国技館へ行くべきかをである。
(写真:金メダリスト対決となった吉田秀彦とのデビュー戦から、早くも3年が経った)
 最初は『DREAM.18&GLORY4』の取材に、さいたまスーパーアリーナへ行くつもりだった。ヘビー級の新旧トップキックボクサーが世界から集結してのワンナイト・トーナメントは見応え十分だろう。楽しみにしていた。しかし、その後、『INOKI BOM-BA-YE2012』で総合格闘技の試合が組まれることが決まり、続々とカードが発表される。

 石井慧vs.ティム・シルビア(米国)、ミルコ・クロコップ(クロアチア)vs.鈴川真一、ホーレス・グレイシー(ブラジル)vs.川口雄介、ミノワマンvs.ボア・ブラトブズ(スロベニア)。

 1年ぶりとなる石井の試合、ミルコの日本での久々の総合マッチは現場で観たかった。加えてIGFというプロレスのリングで総合格闘技が行われる……その際の会場の雰囲気に触れたいと思った。結局、大晦日の午後、足は両国に向いていた。

 一昨年の大晦日、石井は『元気ですか!! 大晦日!! 2011』のリングに上がり、エメリヤーエンコ・ヒョードル(ロシア)と対戦、1ラウンド失神KO負けを喫した。それ以来の試合である。対戦相手のシルビアは、かつてのUFCヘビー級王者。全盛期に比べれば動きにキレもなく、パワーダウンした感は否めないが、それでもコンスタントに試合をしており、現在の石井の実力を測るには格好の相手だった。

 石井は序盤からペースを掴んだ。テイクダウンに成功し、グラウンドで上になった状態からパンチ、ヒジを連打。シルビアは右眼上を切られ、出血。優位のまま1ラウンドを終えた。だが、そこから攻め入ることができず、試合は判定に。3−0のスコアで石井が勝利を収めた。

 徐々に、徐々にだが石井は強くなっていると感じた。1ラウンドにグラウンドへ持ち込んだ後も落ち着いて動けていたし、打撃の攻防もデビュー当時に比べれば、かなりうまくなっている。上達のスピードは決して速くはないが成長はうかがえた。

 ただ、同時に「極めの弱さ」「勝負弱さ」も露呈してしまった。
 2ラウンド、シルビアはテイクダウンをさせまいとコーナーを背にスタンドで闘う作戦に出た。これに石井はあっさりと付き合ってしまい、結果、打撃を浴び、このラウンドを終える。

 最終の3ラウンドも、シルビアの術中にはまってしまう。テイクダウンを試みるもかなわず、スタミナを完全に切らしてしまい、酸欠状態で終了のゴングを聞いた。石井の勝利となったが、内容的にはドローファイトだった。

 シルビアは右眼上の出血でドクターチェックを受けており、いつ試合を止められても仕方のない状態にあった。ならば、そこを打撃で狙うのがセオリーである。2ラウンドも3ラウンドも、石井がコーナーに押し込んでいたわけではない。シルビアがテイクダウンを逃れるために石井をコーナーに引き込んでいたのだ。

 あの場面、サッと離れてポジションをリング中央に戻し、右眼上を狙うふりをして相手の意識を上に寄せ、その上でタックルでテイクダウンするのが得策だったように思う。

 今後、石井に求められるのは「勝負強さ」だろう。同じ柔道の金メダリストで石井のデビュー戦の相手をした吉田秀彦には、ここぞというチャンスを見逃さず、フィニッシュに持ち込む勝負強さがあった。だが、石井は、どこかおっとりとしている。これは技術的な問題だけではないように思う。もっと自らを危機迫った状態に追い込んで「勝負強さ」を養うことが今後の彼の課題だろう。

 北京五輪後、石井が総合格闘家転向を表明してから4年以上が経過した。その間に石井はシルビア戦も含めて9度しかプロの戦場に立っていない。年齢的にもまだ26歳と若いのだから、条件にこだわることなく、もっと経験を多く積むべきだ。柔道での五輪金メダル獲得からも時間が経ち、世間の注目度も随分薄まった。石井ブランドを高く売る時期は終わっている。その分、プレッシャーからも解放されたのだから、伸び伸びと闘いに挑めばよい。その中で「勝負強さ」を身につけていくのだ。

 人間にはタイプがある。柔道時代に、そうであったように石井は時間をかけてコツコツと練習をし、試合で経験も重ね、少しずつ強くなっていくタイプなのだろう。それは、それでいいと思う。だからこそ、柔道との二足の草鞋を履こうなどとは考えず、総合格闘技に取り組んだほうが良いのではないか。2016年、リオデジャネイロ五輪の柔道競技にアメリカ代表として出場するのではなく、UFCのリングで「From Japan」として活躍していてほしい。

 地道な努力は必ず花開く。逆に目移りは禁物だ。「二兎を追う者は一兎をも得ず」である。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』(汐文社)ほか。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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