ひな祭りの日、さいたまスーパーアリーナで開催された『UFC JAPAN2013』。そのメインエベントでヴァンダレイ・シウバ(ブラジル)が勝利したシーンを観ながら、彼の出世試合を思い出していた。
 早いもので、あれからもう12年が経つ。
 場所は同じ、さいたまスーパーアリーナでの『PRIDE13』(2001年3月25日)。

 この大会でヴァンダレイは、当時、人気絶頂で日本総合格闘技界のエースであった桜庭和志に挑んでいる。
 戦前の大方の予想は、桜庭有利。

 ヴァンダレイも、その前年にダン・ヘンダーソン、ガイ・メッツアー(ともに米国)といった実力者を破ってはいたが、それ以上の実績を桜庭は積み上げていた。ホイラー、ホイス、ヘンゾ、ハイアンといったグレイシーファイターをたて続けに降して「グレイシーハンター」の異名をとり、ミドル級では無敵の状態にあったのだ。

 ところがヴァンダレイはアップセット(番狂わせ)を起こした。テイクダウンを狙った末にうつ伏せの状態となった桜庭に膝蹴りを連打、サッカーボールキックも見舞って、わずか98秒でTKO勝利を収めた。

 この一戦でヴァンダレイの名は日本のみならず、世界に知られるようになる。その後も3年以上にわたって連戦連勝、PRIDEの主役のひとりであり続けた。

 PRIDEのリングでの忘れ難き試合はいくつもある。
 最初の勝利がフロックではないことを証明した桜庭との再戦(『PRIDE17』/PRIDEミドル級王座決定戦)。判定をつけないルールにより、時間切れ引き分けとなったが、内容では勝っていたミルコ・クロコップ(クロアチア)戦(『PRIDE20』)。PRIDEミドル級グランプリ準決勝での吉田秀彦戦、そして凄絶なKO勝利を収めた同決勝でのクイントン・ランペイジ・ジャクソン(米国)戦……。

“戦慄の膝小僧”ヴァンダレイのラジカル・ファイトは凄まじく、ファンを魅了し続けた。彼のテーマ曲「Sandstorm」を聴くと、これらの歴史的ファイトが脳裡に蘇る。

 何度かブラジル・クリチーバの「シュートボクセ・アカデミー」へも取材に出向いた。ヴァンダレイの強さの秘密を知りたかったからだ。アカデミーを訪ねると想像を超える激しい練習をしていた。次の試合が近づいているにも関わらず、マウリシオ・ショーグンらと本番さながらのスパーリングを長時間行なっていたのである。技術云々よりも、ひたすら動いてカラダを練り上げていた。そして、常に練習の場にはアカデミーの会長であるフジマール・フェデリコがいて、声をかけ続けていた。

「ボア(いいぞ)!」「チャンピオン」
 何百回、その言葉をヴァンダレイに浴びせ続けたことだろう。スパーリングが終わるとフジマールは、さらにヴァンダレイに言う。
「お前は強い。苦しいだろう。それはよくわかる。でも、この調子でトレーニングを続ければ、お前は必ず次の試合で勝者になれる。いいか、お前は強い、お前は強い、チャンピオンだ!」

 フジマールに聴くと、ヴァンダレイは練習に来ようとしない日もあったようだ。そんな時は、フジマールは彼に何度も電話をかける。それでも出ないと車で家まで迎えに行っていた。ヴァンダレイの強さの秘密である驚異の練習量をフジマールが維持していたのである。

 だが、PRIDEが消滅し、UFCへ移籍した頃、ヴァンダレイはシュートボクセ・アカデミーを離れ、米国に移り住んだ。以降、6年余りの間にヴァンダレイはオクタゴンの中で9度戦い、4勝5敗。芳しい成績ではない。今回、勝利したブライアン・スタン(米国)もキャリアの浅い格下の選手である。ヴァンダレイはかつての輝きを失ってしまった。

 その理由は、フジマールの下を離れたことと無関係ではないと私は思う。練習で自分を追い込み切れなくなったのだろう。ただ、ヴァンダレイが単に苦しさから逃げたとは思わない。闘い続ければ肉体も心も磨耗する。これ以上、肉体と心を擦り減らす環境に身は置けば、自分が壊れると彼は判断したようにも思う。

 桜庭を倒した時、24歳だったヴァンダレイも、いま36歳になっている。これからUFCのタイトルを獲得するのは難しいだろう。闘う意志を持ち続けているようだが、引退の時期も、そう遠くない。もしかすると来年も開催予定の『UFC JAPAN』が、最後の闘いの舞台になるかもしれない。その時はいまも彼が慕っているトレーナーのハファエル・コルデイロだけではなく、フジマールにもセコンドについてもらいたい。そうすればヴァンダレイに特別な力が宿る気がする。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』(汐文社)ほか。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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