第290回「キング・オブ・スキー」が問いかけるもの

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 先日、ノルディックスキー・コンバインド(ノルディック複合)が2030年冬季五輪から除外されるというニュースが飛び込んできた。私自身、高校時代にコンバインドに打ち込んだ身として、このニュースには深い悲しみと寂しさを覚えた。かつて「キング・オブ・スキー」と称されたこの競技が、五輪の舞台から姿を消す。これは単なる一競技の除外に留まらず、現代スポーツ、そして五輪のあり方そのものに、重い問いを投げかけている。

 

 国際オリンピック委員会(IOC)が除外の理由として挙げたのは、主に「人気の低さ」と「メダル獲得国の偏り」だ。しかし、この理由に対しては、多くの関係者から疑問の声が上がっている。五輪に6大会連続出場した渡部暁斗選手は、「IOCの指摘する問題点は多くの冬季競技にも当てはまる。なぜ複合だけ、という疑問が消えない」と指摘している。そもそも冬季競技は、気候や環境の制約から実施できる国が限られており、メダル獲得国が偏っているケースの方が多いくらいなのだ。一方で、人気凋落が欧州でも顕著であったという厳しい現実も、無視はできない。

 

 人気の陰りには「運営の非効率性」も背景にあると言われている。コンバインドは、ジャンプ台とクロスカントリーコースという、全く異なる二つの巨大な競技施設を必要とする。この維持管理や運営コスト、さらにはテレビ放映のための機材配置などの負担は、他の単一競技に比べて極めて大きい。大会主催者の負担は重く、五輪そのものが「効率化」や「コスト削減」を至上命題とする中、こうした現場の苦労が、皮肉にも伝統競技を追い詰める要因の一つになっているようだ。

 

 しかし、冬季五輪が抱える構造的な課題を考えれば、この判断には強い違和感を覚える。夏季五輪に比べて種目数が少ない冬季五輪において、IOCは大会の規模維持や新たなファンの獲得を目指し、夏季競技の移行や新種目の追加を模索し続けている。スノーボードやフリースタイルスキーの拡充、さらには山岳スキー(スキーモ)の採用など、時代のニーズに合わせた「アップデート」に余念がない。そうした「新しさ」や「効率」を追求する一方で、雪上の格闘技とも呼ばれ、スキーの原点ともいえる伝統競技を切り捨てる。新しいものを入れるために古いものを追い出す、という単純な新陳代謝で片付けていい問題なのだろうか。

 

真のスポーツの祭典とは

 もちろん、渡部選手が自戒を込めて語るように、「長い歴史で女子種目の普及に力を入れてこなかった」という競技団体側の反省点はあるだろう。普及や多様性の確保は、現代スポーツにおいて避けては通れない課題だ。しかし、それを理由に「コンバインドは不要」と断じていいものだろうか。

 

 五輪がすべてではない、という意見もあるだろう。しかし、現状のスポーツ界において、五輪という舞台が持つ重みは依然として圧倒的だ。五輪から外れることのインパクトは、競技の存続をも揺るがす。五輪競技であることは、国からの補助金やメディアの露出、スポンサーシップ、そして次世代を担う子どもたちの関心に直結しているからだ。五輪から除外されれば、これらの支援システムは崩壊し、競技の衰退は加速する。山本涼太選手が「僕にとって、当たり前にある場所がなくなった感覚。競技自体がなくなるという不安が心のどこかに出てきている」と吐露するように、選手たちの絶望感は想像に難くない。

 

 スポーツは時代とともに変化していく。そうでなければ生き残れない。しかし、その変化の尺度が人気や効率、あるいは、商業的価値だけに偏りすぎてはいないか。荻原健司長野市長が「自分を鍛えてくれた舞台が除外され、切ない気持ちだ」と語るように、スポーツには数値化できない教育的価値や文化的背景があるはずだ。

 

 そもそも、五輪は何のために存在するのか。近代五輪の父、ピエール・ド・クーベルタン男爵が掲げた「スポーツを通じた人間形成」という理想は、今や巨大なビジネスモデルの影に隠れてしまったのだろうか。人気や効率を歴史より優先するのは、真のスポーツの祭典として相応しいのか……。

 

 今回のコンバインド除外という決定は、私たちに「スポーツの価値とは何か」「五輪は誰のためのものか」という本質的な問いを突きつけている。

 

 答えは、簡単ではない。

 しかし、この伝統競技の危機を、一スキー競技の問題としてではなく、スポーツ界全体が直面している「スポーツの価値観変容」として捉え、議論を深めていかなければならない。

 五輪はパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。でも、箱の底には希望が残っていると信じたい。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール>

 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17~25年まで東京都議会議員を務めた。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

 

>>白戸太朗オフィシャルサイト
>>株式会社アスロニア ホームページ

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