第289回 ベテランは必要なのか? ~サムライブルーから学ぶ活用術~
サッカーワールドカップ北中米大会を目前に控えた日本代表に激震が走った。
キャプテン遠藤航選手がまさかの離脱となったのだ。さらにグループリーグ初戦で攻撃の核、久保建英選手が負傷し、グループリーグ戦線離脱と言われている……。
まさに「想定外」の緊急事態。チームが揺れないはずはない。
そんな混沌とした状況の中、ひときわ存在感を放った男がいる。
長友佑都、39歳。
ピッチに立つ機会が減ったとしても、彼の存在がチームにとって不可欠であると森保一監督が語る時、そこには単なる選手としてのパフォーマンスを超越した、ベテランにしか持ち得ない「特殊能力」があることを示唆している。
遠藤選手の離脱が発表されたミーティングで、長友選手は言葉を詰まらせながらも「彼が懸けてきた思いを背負って全員で戦おう」とチームを鼓舞したという。
ワールドカップという極限の舞台を4度も経験した彼の存在は、予期せぬピンチの際に、チームに動揺を与えず、冷静な判断を促す上で極めて重要だ。
まさに若手にとっての精神的な「よりどころ」となり、「急な変更や、ピンチの時にこそ引き出しの多いベテランが安心感」をもたらす。今、そのタイミングが来たのではないだろうか。
若手選手へのアドバイスも、同じ選手目線だからこそ深く響く。
FC東京の後輩、俵積田晃太選手への言葉が印象的だ。
「お前、若いんだから、ミスをしたって次がある。俺はミスをしたらもう次はないけど、お前はあるんだから積極的にやれよ」
これは、まさにベテランの経験と覚悟が凝縮された言葉。そして、重くなりすぎないよう少しユーモアを交えるあたり、いかにも彼らしい。
スポーツの現場では、一度始まってしまえば、選手自身で対応することが求められる。
その際にモノを言うのは、やはり「手持ちカードの多さ」だ。様々な局面に対応できる経験値をどれだけ持っているか。これはトライアスロンやマラソンなどの個人スポーツも同様。だからこそ、ベテランと一緒に練習やレースを走ることで、若手は言葉以上のものを学んでいく。
こうした経験をチーム内で重ねているサムライブルーだからこそ、過去の歴史が単なる記録ではなく、血の通った「伝統」として積み上がっていくのだろう。
「老害リスク」を回避するには
スポーツチームにおけるベテランの重要性は、会社や社会の組織においても共通する普遍的な原則だ。
多様な人が入り混じることこそが、強い組織をつくる。
しかし、問題はその「入り混じり方」だ。
ビジネスの世界でも、予期せぬ危機に直面した際、長年の経験を持つシニア人材の知見は大きな価値を発揮する。
過去の類似事例や、修羅場を潜り抜けてきた洞察は、若手だけでは対応が難しい状況において、的確な判断と迅速な行動を可能にする。
まさにスポーツの現場と全く同じ構図だ。
しかし、ベテランの存在が常にポジティブな側面ばかりとは限らない。
時に「老害」と揶揄されるような状況を生み出すリスクもはらんでいる。過去の成功体験という名の「重石」を若手に背負わせ、新しい変化を拒む。あるいは自身の経験を押し付け、若手の成長の機会を奪ってしまう……。
このような停滞は、組織のイノベーションの芽を摘んでしまうことにも繋がりかねない。
では、どうすれば「老害」のリスクを回避し、ベテランが真に価値を発揮できるのだろうか?
その鍵は、ベテランが「引きながらも、後ろ盾になれるか」という絶妙なバランス感覚にあるのではないか。
ベテランは、自身の経験を惜しみなく提供しつつも、決して若手の主体性を奪わない「引き際」を心得ることが重要だ。
常に学び続け、新しい価値観を「伴走者」として取り入れる柔軟性。
若手はベテランの経験から学び、ベテランは若手の新しい視点から刺激を受ける。このような相互作用こそが、組織を健全に成長させるのだ。
ベテランが「安心感」を提供し、若手が安心して挑戦できる「追い風」をつくりながらも、決して自立を妨げない。
そして、いざという時には、その豊富な「引き出し」から最適な解決策を提示できる。
この「後ろ盾」としての立ち位置こそが、ベテランが組織において真に求められる役割であり、強い組織を築く上で不可欠な要素だと言えるだろう。
さて、社会ではすでにベテランと言われる年齢になった私自身が、「老害」にならず、若手の「後ろ盾、安心感」になれているだろうか……。
ワールドカップは、感動はもちろん、生きる上での多くの示唆を我々に与えてくれる。
しばらく寝不足の日々は続きそうだ。
だが、その寝不足すらも、新しい時代が生まれる瞬間に立ち会える喜びなのかもしれない。
<白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール>
スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17~25年まで東京都議会議員を務めた。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)。