第843回 大谷翔平の宿題 未熟捕手を育成
温厚な大谷翔平(ドジャース)が、マウンド上であれほど不機嫌な表情をするのは珍しい。余程、腹に据えかねたのだろう。
さる6月24日(現地時間)、敵地でのツインズ戦。「1番・DH兼投手」で出場した大谷は6回5安打3失点の好投で、8勝目をあげた。
しかし、満足のいく内容ではなかったようだ。原因は昨季、MLBに昇格したばかりの25歳の捕手ダルトン・ラッシングの未熟さにあった。
2回、1死満塁の場面で9番ライアン・クライドラーに投じた内角ストレートは、自己最速タイの101.7マイル(約163.7キロ)。
ところが、ラッシングはこれをミットにおさめることができず、三塁走者が生還した。
なおも1死二、三塁。大谷がカウント1―1から投じたスイーパーは、内角低めのストライクゾーンをよぎったように見えた。
だが、判定はボール。本来なら、一番近いところで見ていたラッシングがABSチャレンジを要求しないといけないはずだが、首を振って「低い、ボールだよ」と気のないゼスチュア。
業を煮やした大谷がチャレンジした結果、判定はストライクに。気性の荒い投手なら、「オマエ、どこに目を付けているんだ!」とどやし付けていたに違いない。
サインを巡っても息の合わない大谷は、クライドラに2点タイムリーを浴び、この回3点を失った。
試合後、ラッシングは反省しきりだった。
「最初から最後まで恥ずかしかった。僕が台無しにしてしまった」
2人の関係を見ていて、30年以上前のことを思い出した。後にメジャーリーガーとなる捕手の城島健司が、まだ駆け出しのころの話だ。
工藤公康がFA権を行使しライオンズからホークスにやってきたのは1995年。城島はドラフト1位入団の大物新人だった。
工藤は監督の王貞治に「城島を頼む!」と命じられた。
工藤の代名詞は、ブレーキのきいたカーブ。ブルペンでそれを投げると、城島はミットの網に引っかけることすらできなかった。
リードについても、城島は素人同然だった。工藤は打たれると分かっていてもあえて首を振らずに投げ、痛い目に遭わせることで、配球の重要性をこんこんと説いた。
99年、2人の活躍もあり、ホークスは福岡移転後初優勝。2人は最優秀バッテリー賞を受賞した。
このように捕手を一人前に育てるのには時間がかかる。大谷のストレスを案じる。
<この原稿は2026年8月7-14日合併号『週刊漫画ゴラク』に掲載されたものです>
