伊藤花乃(早稲田大学フェンシング部/愛媛県松山市出身)第1回 フェンシングの魅力

facebook icon twitter icon

 愛媛県松山市出身の伊藤花乃は、早稲田大学フェンシング部に所属し、女子チームの主将(全体の副主将)を務めている。早大スポーツ科学部スポーツ科学科の4年生だ。

 

 

 松山市の人口は四国地方で最多の49万1000人。松山城や道後温泉を擁する観光の街としても知られている。

 

 フェンシングは、フランスを発祥地とする剣を使うスポーツだ。2人の選手が向かい合い、片手に持った剣で相手の体を突き、ポイント数で勝敗を決める。中世まで国や地方でルールがバラバラだった。ルールを統一するために1911年、パリに国際フェンシング連盟が設立され、スポーツとしての近代フェンシングが始まった。

 

 

 ルールとして長さ14mのピストと呼ばれる舞台の上で戦う。自らが前進し、相手をピストの端に押し込むことが全てではない。自らが敢えて後退し、相手を引き込むことにより、隙を作り一気に攻め込むといった駆け引きが勝敗を分ける。自分の陣地に徐々に相手を引き入れるさまはまるで、獲物を捕獲する蟻地獄のように映る。

 

 そのフェンシングは、フルーレ、エペ、サーブルの3種類に分かれる。それぞれ、「有効面」や「攻撃権の有無」、「攻撃方法」が異なる。

 

 エペは全身が有効面である。「攻撃権」が存在せず、明確な攻守交代はない。攻撃方法は「突き」のみとなる。同時に突きが決まると、双方にポイントが入る。2024年パリ五輪男子個人、25年世界選手権同個人で金メダリストとなった加納虹輝はエペの選手だ。

 

 

 「駆け引きがおもしろい」

 

 フルーレは、かつて太田雄貴が北京五輪で個人銀メダルを獲得した種目だ。攻撃ができるのは腕、頭を除いた胴体部分。そして、攻撃権が存在する。剣を持ち向かい合った両選手のうち、先に腕を伸ばし剣先を相手に向けた方に攻撃権が生じる。相手に剣を払われ、剣先を逸らされてしまうと攻撃権を失う。相手の攻撃を断ち切らない限り、攻撃は認められない。攻撃方法はエペ同様に「突き」のみが許される。

 

 サーブルの有効面は上半身全てだ。フルーレと違い腕と頭への攻撃が可能となる。フルーレと同様に攻撃権が存在する。上記の2つと異なり、攻撃方法は「突き」と「斬り(カット)」の2種類がある。五輪では2004年のアテネ大会から女子でも正式競技となった。世界選手権を2連覇(2022年、2023年)し、2024年パリ五輪サーブル団体で銅メダルに獲得した江村美咲は、日本におけるサーブルのエースだ。

 

 今回の主人公である伊藤は、サーブルのフェンサーである。彼女は「相手を崩すための戦略を立てて、騙したりする駆け引きがおもしろい」とフェンシングの魅力について語った。

 

 伊藤がフェンシングを本格的に始めたのは、中学2年時からだ。その時からサーブル一本の競技人生を歩んできた。

 

「スピード感がある種目なので、見ていて迫力があります。短時間でいかに自分のエネルギーを消費させずに、効率良く勝ち切るかを考えています。私は足腰が強いので、瞬発力や跳躍力を競技に生かせていると思います」

 

 フェンシングを始める前は、「小中学校時代は、陸上競技の短距離と途中から転向して走り高跳びをやっていた」という。この時に鍛えられた足腰が今に役立っている。

 

 伊藤はフェンシングをやる上でプラスになった意外な習い事を、もう1つ挙げた。彼女は、松山市でどのようにして育ち、どういったきっかけでフェンシングに出会ったのか――。

 

(第2回につづく)

伊藤花乃(いとう・かの)プロフィール>

2004年、愛媛県松山市生まれ。小学5年時、えひめ愛顔(えがお)ジュニアアスリート発掘事業の対象選手に選抜され、さまざまスポーツを経験する。中学2年時からフェンシングを始める。中学3年時、世代別(U-17)日本代表に選出された。高校2年時の総体で女子個人サーブル3位。2023年、早大フェンシング部に入部。現在は部の女子チーム主将を務める。

 

(文・写真/大木雄貴)

 

 

facebook icon twitter icon
Back to TOP TOP