第21回「『褒めて伸ばす』が大事」ゲスト永井明慶氏
二宮清純: 今回のゲストは、柏相撲少年団代表の永井明慶さんです。柏の土俵では横綱・豊昇龍関、大関・琴櫻関、幕内の琴勝峰や琴栄峰らも稽古に励んできました。
永井明慶: 本日はよろしくお願いいたします。
二宮: 2012年4月に施行された中学校の「学習指導要領」の改訂により、1・2年生の保健体育において「武道」が男女ともに必修化されました。柔道、剣道、相撲の3種目から学校が1つを選択して教えるものです。施行されてから10年以上が経ちました。
永井: 実は指導要領に入った時期は、教員採用試験の氷河期だった。体育会系の教員が採用されにくく、採用されたとしてもメジャースポーツを教えられる人の方が多かった。ですから相撲が指導要領に入ったものの、指導できる教員は少なかった。結果として、うまく普及にはつながりませんでした。
二宮: 昔は学校や境内に土俵がありましたが、最近は見かけなくなりましたね。
伊藤清隆: そうですね。私も見かけないですね。
二宮: 土俵がなければ、相撲もできないでしょう?
永井: もちろんです。あとは管理も大変なんです。土俵は“生き物”なので管理できる人間が必要になります。そのまま放置するとカビが生えたり、俵が腐ったりするんです。一番の手入れ方法が、土俵上での四股。四股を踏むことで、土が固まっていく。逆に踏んでいないと、地面がボロボロになっていくんです。
二宮: みんなで土俵を育てることも、教育になりますね。
永井: そうなんです。私は子どもたちには土俵に立ち、「足の裏で大地の温度を感じなさい」と教えています。
二宮: 競技普及のポイントは?
永井: 伝統とルールを押し付けないことです。昔は裸にまわしが当たり前の世界でしたが、短パンの上にまわしを締める。相撲を始めるきっかけをつくる上でハードルとなるものは排除していく。短パンに慣れた子が、まわりの子のまわし姿を見る。そうすると、自然と裸でまわしを締めることに抵抗がなくなるんです。だから必ずしも、最初から裸にまわしを締める必要なんてないんです。
二宮: 相撲に対するバリアをできるだけなくすと?
永井: その通りです。ここ10年で女子相撲の競技人口が増えてきました。稽古場で服を着ている女の子がいますので、服を着ていることに対しても違和感がない。初めて稽古場に来る子どもたちは、裸の男子選手に加え、服を着ている女子選手も目にする。短パンのままで抵抗なく、相撲に入れるんです。
二宮: ルールに関する工夫は?
永井: 初心者に体験させる時は、特別ルールでハンデを与え、勝ちやすくする。勝つ喜びを味わい、徐々に本格的なルールを体験させるという段階的なやり方を採っています。
二宮: リーフラスでも、子どもに合わせて特別ルールを導入したりしていますか?
伊藤: そうですね。当社のスクールに関しては、年代に合わせて使う道具を変えています。ルールはレギュラーをつくらず、全員を出場させないチームは負けにするなど、全員が参加できるような仕組みにしています。試合に出られない補欠はつくらない。あとはサッカーで言うと、初心者がゲーム形式の練習に参加した際には、「30秒ストップ」という特別ルールを設けています。
二宮: 「30秒ストップ」とは?
伊藤: 初心者の子がボールを持ったタイミングで、守備側の選手は「30秒ストップ」するんです。そうやってゴールを決める喜びを体感してもらいます。
二宮: それは面白いルールですね。
伊藤: ありがとうございます。これは現場の人間がつくりました。
守るべき相撲文化
二宮: 永井さんは「褒めて伸ばす」を指導のモットーにしているそうですね。
永井: 好きになってもらわないと続かないからです。好きじゃないと、目標が高くなった時の練習に耐えられなくなる。まずは稽古場に来てくれること。それだけで褒めます。怪我をしたら、稽古できないから休むんじゃなくて、チームのために何かしようとしてくれる子もいる。それも当然、褒める。きちんと褒めてあげれば、子どもたちは伸びる。相撲を好きになって欲しいし、好きになれば、稽古場が好きな場所になる。私自身、相撲が好きで続けてきていますし、好きじゃないとサボる天才になるだけなんですよ。
伊藤: 永井さんの「褒めて伸ばす」指導は当社と一緒です。まず好きになってもらうこと。これは本当に大事ですね。
二宮: 相撲には「ちゃんこ」という独自の文化があります。ちゃんことは相撲部屋で力士が食べるすべての食事や料理の総称。共同生活と身体づくりを支えています。
永井: 私の相撲団では生徒を預かり、下宿生活をさせています。そこで分かったのが、敬語を使えない子は箸の持ち方が汚いこと。そういう子に「親とどうやってごはん食べてた?」と聞くと、「土日だけです。あとはレンジでチンして食べています」と言うんです。
二宮: 家庭でマナーや礼儀を教わる機会がないんですね。
永井: 一緒にいる時間が少なければ、言葉遣いも教わる時間がない。親と食事する機会が少なければ、親の友人など年の離れた人と接する機会もなくなる。それでは狭い世界で生きることになってしまう。だから私は相撲団に入ってきた子に対し、食事マナーや言葉遣いから教えています。
二宮: リーフラスでも、礼儀や言葉遣いを指導していますよね。
伊藤: 当社はスポーツを教材に非認知能力を育成することがミッションです。一番大切なことは礼儀、挨拶。それができてからリーダーシップや協調性を学んでいく。「認めて、褒めて、励まし、勇気づける」をモットーにしていますが、子どもたちがテキトーな挨拶をしたら、もう一度やらせます。そこは徹底しています。
二宮: スマホの普及で、食事中における家庭内での会話も減っているんでしょうね。
永井: そこのコミュニケーションが年々、減ってきているのが問題です。食事中は、稽古場ではできないコミュニケーションが取れ、信頼を深める大切な時間です。幸い相撲は、ごはんを一緒に食べる文化が根付いています。
二宮: そういった相撲文化は、日本社会になくてはならないものです。
永井: そうですね。土俵上だけでなく、土俵外にもいい文化があると思いますので、私もどんどん発信していきたいと思っています。
二宮: 永井さん自身、部活動の地域展開に取り組んでいる。相撲の場合は、地域展開はどれほど進んでいますか?
永井: 先日、全国中学校総合体育大会(全中)があり、47都道府県のうち、学校単位で出場しているのは4分の1程度です。4分の3はクラブ。要するに部活動ではなく地域に展開されたクラブチームとして出場しています。
伊藤: 部活動の地域展開というのは、相撲界にとって大きなチャンスだと思います。指導者と場所が確保できれば、小・中学生が集まってくる。学校で相撲を教えられる方は少ないかもしれませんが、地域展開すれば、そのための指導者を雇うわけですから。指導者が例えば、元力士であれば、子どもたちも喜ぶはず。我々もできることがあれば、ぜひ協力をしていきたいと思います。
二宮: 日本スポーツ協会の遠藤利明会長が今、指導者ライセンスの国家資格化を進めています。これについて、永井さんのお考えは?
永井: 私は賛成です。ただ、それによって指導者が減ることを危惧しています。「そこまでしてやりたくないよ」という指導者が少なからずいます。「お金を出してまで、ライセンスを取らなくても、オレは教えられるよ」という考えを覆すにはちょっと時間がかかる。ただ保護者の安心にもつながりますし、地域展開をしていくためにはライセンス制度は最低限必要だと思います。
(鼎談構成・写真/杉浦泰介)
<永井明慶(ながい・あきよし)プロフィール>
1982年、千葉県出身。小学3年生で相撲をはじめる。埼玉栄高校、日本大学、実業団で選手として活躍。高校時代は全国で団体7回、個人優勝1回。世界ジュニアでも団体・個人ともに優勝した。大学卒業後は静岡県・焼津市役所で勤務しながら実業団選手として国体・全日本選手権で活躍。その後、静岡県の定時制高校で教鞭を取り、2010年に地元・柏の私立高校の教員・相撲部顧問となった。指導者転身後は、出身地柏市で柏相撲少年団を率い、中学生らの育成支援、部活動の地域展開に力を注いでいる。教え子には大相撲の横綱・豊昇龍、大関・琴櫻ら18人の力士がいる。柏市相撲連盟理事長、NPO法人スポーツライフ理事長、星槎国際高等学校柏キャンパス体育コース長などを務める。
<伊藤清隆(いとう・きよたか)プロフィール>
1963年、愛知県出身。琉球大学教育学部卒。2001年、スポーツ&ソーシャルビジネスにより、社会課題の永続的解決を目指すリーフラス株式会社を設立し、代表取締役に就任(現職)。創業時より、スポーツ指導にありがちな体罰や暴言、非科学的指導など、所謂「スポーツ根性主義」を否定。非認知能力の向上をはかる「認めて、褒めて、励まし、勇気づける」指導と部活動改革の重要性を提唱。子ども向けスポーツスクール会員数、スクール数ともに4年連続国内No.1、部活動受託校数は2年連続国内No.1、支援部活動数も国内No.1(※1)の実績を誇る(2025年12月現在)。2025年10月、日本のスポーツ企業として初めてNASDAQに上場を果たす。社外活動として、スポーツ産業推進協議会代表者、経済産業省 地域×スポーツクラブ産業研究会委員、日本民間教育協議会正会員、一般社団法人日本経済団体連合会 教育・大学改革推進委員ほか。
<二宮清純(にのみや・せいじゅん)プロフィール>
1960年、愛媛県出身。明治大学大学院博士後期課程修了・博士(学術)。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。経済産業省「地域×スポーツクラブ産業研究会」委員。認定NPO法人健康都市活動支援機構理事。『スポーツ名勝負物語』(講談社現代新書)『勝者の思考法』(PHP新書)『プロ野球“衝撃の昭和史”』(文春新書)『変われない組織は亡びる』(河野太郎議員との共著・祥伝社新書)『歩を「と金」に変える人材活用術』(羽生善治氏との共著・廣済堂出版)、『森保一の決める技法』(幻冬舎新書)など著書多数。最新刊に『相撲を楽しむ技術』(琴風浩一氏との共著・第三文明社)、『プロスポーツビジネスと地域社会』(釜崎太氏、小澤一郎氏との共著・法政大学出版局)。
※1
*スポーツスクール会員数4年連続 国内No.1
・スポーツ施設を保有しない子ども向けスポーツスクール企業売上高上位3社の会員数で比較
・会員数の定義として、会員が同種目・異種目に関わらず、複数のスクールに通う場合はスクール数と同数とする。
*スポーツスクール数4年連続 国内No.1
・スポーツ施設を保有しない子ども向けスポーツスクール企業売上高上位3社のスクール数で比較
・キッズ・小学生で分かれている場合は、それぞれを1スクールとする。
*部活動受託校数2年連続 国内No.1
・部活動支援事業売上高上位3社の2025年の受託校数を比較
*支援部活動数 国内No.1
・部活動支援事業売上高上位3社の2025年の支援部活動数を比較
株式会社 東京商工リサーチ調べ 2025年12月時点