昨季のパ・リーグ首位打者で、先のWBC日本代表にも選ばれた千葉ロッテの角中勝也は逆境に強い男である。

 2ストライクと追い込まれてからの昨季、打率2割8分7厘は12球団最高(規定打席到達者)。どんな好打者でも不利なカウントでは打率は下がるものだが、角中は粘り強くヒットを積み重ねていく。

 その粘りを生み出しているのは打席内での一工夫だ。追い込まれると角中は通常よりもスタンスの幅を広めにとる。重心を低くし、ステップ幅を小さくすることで、ミートの精度を上げているのだ。

「結構、極端に(スタンスを)変えるようにしています。去年の最後の方は、ほぼノーステップ状態でしたね。どうすればいいか、自分なりに考えて、おととしから始めたんです」

 当然のことながらピッチャーは有利なカウントになればウイニングショットを投じる。バッターにとってはますます苦しい展開だが、角中は逆にその決め球を待ち伏せしているのだ。
「追い込まれたら相手の一番いいボールを待っていますね。何がくるかわかっていたら、どんないいピッチャーでも打てると思う」

 本人はサラリと語るが、確かな技術がなければできる芸当ではない。「僕が理想としているライナー性の打球。ホームランは僕の理想ではない」との言葉にも象徴されるように、黙々と自らのバッティングを追い求めている。

 高校時代は無名だった。地元・石川県の日本航空第二高(現日本航空石川)では甲子園出場なし。最後の夏も県予選で早々に敗退し、プロはもちろん、社会人からも声はかからなかった。

 だが、プロ野球選手になりたいとの思いは抑えきれず、前年に創設された独立リーグ、四国アイランドリーグのトライアウトを受け、高知ファイティングドッグスに入団した。
給料は月13万円。高知市内のマンションに4人で暮らした。ナイター設備のある球場がなかったため、試合後は公園の電灯の薄明かりを頼りに素振りを繰り返した。 
 アイランドリーグでの成績は打率2割5分3厘と平凡だったが、スカウトが見ている前では印象的な活躍を演じた。

 角中を獲得したロッテの黒木純司スカウト(当時)は「彼は、いわゆる“持っている”人間なんです。僕が上司のスカウトと見ている試合では、必ず結果を出す。チーフスカウトの目の前で、彼はライトスタンドにホームランを叩き込んだこともあります」と語っていた。

 昨季の大ブレイクで年俸は一気に4200万円(推定)に跳ね上がった。目標は引退までに3億円を貯めること。ハングリー精神も旺盛だ。

「厳しい状況になると自然と集中できるんですよね。でも、まだ集中力が足りない。ランナーがいない時でも、常に同じ集中力で打席に入れたら、3割5分は簡単に打てると思うんです」

 プロ野球の底辺から這い上がってきた男は、さらなる夢を追い続ける。

<この原稿は2013年4月号『商工ジャーナル』に掲載されたものです>

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