『曲げられない女』を思い出した。
 3年ほど前、日本テレビ系列で毎週、放映されていた菅野美穂主演の連続ドラマだ。
(写真:レスリングは五輪生き残りへ、2分3ピリオド制を3分2ピリオドのトータルポイント制にするルール変更を実施する)
 司法試験に9年続けて落ち、それでも弁護士になる夢を諦めない主人公、荻原早紀は世間の雰囲気に流されることなく、また損得勘定で生きようとはしない「曲げられない女」。立場は弱く、常に悩みを抱える彼女だが、正義感は強く、自分の感情に正直だ。

 そして毎回、自分が不利な状況に追い込まれることを恐れずにキッパリと言う。
「そんな○○なら、私には必要ありません!」と。
 損をしてでも、自分の意志を貫こうとする人間をあざ笑う世の風潮に主人公が貧しいながらも立ち向かう痛快なドラマだった。

 さて本題。
 先日、ロシアで開かれたIOC(国際オリンピック委員会)理事会で、「残り1枠」をめぐっての候補競技が3つに絞られた。レスリング、野球・ソフトボール、スカッシュ。

 1度は2020年五輪の実施競技から除外されたレスリングが最終候補となり、存続の可能性を残している。最終的に、どの競技が採用されるのかが決まるのは、アルゼンチンで開かれるIOC総会。9月8日だ。

 ロシアでのIOC理事会の後、何人かの日本のレスリング関係者に会った。彼らは異口同音に言う。
「まさか(レスリングが)除外されるとは思わなかった」
「もしも(レスリングが五輪競技に)残れなかったら大変なことになる。ここだけは絶対に踏ん張ってもらわないと困る。本当に五輪から外れたら、日本の競技人口は半分以下になってしまいますよ」

 そして続ける。
「そのためにはルール変更も仕方ないでしょう。エッと思うことがあっても、それで五輪の場に残れるならやるべきでしょう」
 話を聞きながら私は妙な気分になったが、これはレスリングに限ったことではない。

 野球も同じだ。
「試合が長すぎるというのなら7イニング制にする」としている。それだけではない。「3ボールで四球、2アウトでチェンジにすればいいじゃないか。何よりも五輪競技に戻ることが優先」と言いだす指導者もいるくらいだ。

 ちょっと待ってほしい。一度、冷静になって考えてみては、どうだろうか。
 何のためのレスリング、何のための野球……何のために、それぞれの競技は存在しているのだろうか。五輪というイベントへの参加が、その競技にとって、それほど絶対的に譲れないことなのだろうか。

 レスリングは、日本でも決して人気競技ではない。五輪が行なわれる年だけ、世間から多大な注目を集める競技だ。日本選手権レベルの大会でも、例年は客席に座るほとんどは関係者で空席が目立つ。だからこそ「五輪競技でなければ」との思いが関係者には強いのだろう。

 加えて、五輪競技から外れれば、国際レスリング連盟はIOCからの助成金は受けられなくなり、スポンサードしてくれる企業の数も減ってしまうことになる。いままでのように運営することも難しくなるかもしれない。

 でも、それらは実はたいしたことではないのではないか。
 人気が低下し、競技人口も減るだろうが、レスリングができなくなるわけではない。レスリングという競技に魅力を感じたなら、その人は始めるし、取り組み続けるのである。単にメジャーでなくなるに過ぎない。

 いや、世界的に見れば、レスリングほどの認知度なら五輪競技でなくなってもメジャー感を失わずにすむかもしれない。もし仮に、マイナー化しても、それの一体、何がいけないのか? 本質を見誤るよりも、はるかにマシなように思う。

 それでも、「メジャーであり続けたい」と関係者は願う。もちろん気持ちはよくわかる。でも、だからといって、「IOCの言うことは何でも聞きます。何でも聞きますから五輪から追い出さないでください」とひれ伏すような態度を、あっさりと見せてしまってよいものだろうか。
 
 レスリングは高貴な格闘技である。私は今回のレスリング界の動きを見ていて、違和感を覚え、寂しい気持ちになった。

 レスリング界が損得勘定抜きに、プライドを持って毅然としたメッセージを発することはできなかったのだろうか。
「そんな五輪なら、私たちには必要ありません」と。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』(汐文社)ほか。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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