先日、付き合いの長い友人に誘われて久しぶりに、ある団体のプロレス興行に足を運んだ。CSチャンネルでプロレスを見ることは時々ある。だが、会場で観るのは久しぶりだった。
 終わった後、私を誘ってくれた友人と一緒に酒を呑む。彼は、そのプロレス団体の関係者で、私が『週刊ゴング』の記者だった頃から、もう25年以上の付き合いだ。
「どうでしたか? うちのプロレスは……」
 そう尋ねられて何と答えたらいいか、私は少し迷った。だが、気心の知れた相手だ。ごまかしても仕方がない。正直な感想を口にした。

「何もない。面白くなかったよ」
 そう言うと彼は、「そうですか」と苦笑いを浮かべていた。呑みながら、「どうすればプロレス人気が戻るのか」との話になる。

 プロレス人気が下降したのは、1993年にUFC(当時はアルティメット大会と呼ばれた)が登場してからだと言われている。このUFC、つまりは総合格闘技が始まったことにより、プロレスはリアルファイトではなく、あらかじめ勝敗を決めた上で行われる肉体演劇であることが広く知られるようになったからだ、と。

 70年代、80年代、私がまだ子供だった頃は、皆、プロレスに熱いまなざしを向けることができた。「真剣勝負ではないのではないか?」という疑念を心の片隅に抱きながらも、「八百長なんか見て面白いのかよ」と周囲から言われると、必死になってプロレスを擁護したものだ。

 テレビ中継のある金曜8時からの1時間、私たちはカラダ中が熱くなる感覚を持つことができた。それは至福の時間だった。

 もちろん、プロレスは当時から、あらかじめ勝敗を決めた上で行われる肉体演劇だった。それを知ったいま、昔の映像を見ても何も感じないだろうと私は思っていた。子供の頃、夢中になったドラマを改めて見ると、「なぜ、こんなのに……」と思うことがある。それと同じ気分になるのだろうと。

 だが、そうではなかった。
 CSの『テレ朝チャンネル』では、「ワールドプロレスリングクラシックス」という番組が放映されている。過去の新日本プロレスの試合が、音声も当時のままに画面に映し出される。若き日のアントニオ猪木、坂口征二らが躍動するのだ。

 この番組をもう何度も見た。そのたびに引き込まれるのである。リアルファイトではないことはわかっている。それでも引き込まれていくのだ。

 懐かしさもあるのだろう。だが、それだけではないことに気づく。画面の向こうに映る会場から「熱」が伝わってくるのだ。この熱は明らかに、いまのプロレス会場にはないものである。私も熱の正体をハッキリと言葉にできるわけではないが、ひとつは選手の入場シーンに緊張感が漂うことが影響しているように思う。

 最近は選手の入場には花道としての舞台が用意される。だが、以前は、そんなものはなかった。選手は押し寄せる観客の間をぬってリングに進むのだ。紅い闘魂ジャージに身を包んだ若手選手のガードを受け、ファンにもみくちゃにされながら猪木が鋭い眼光を放ってリングに向かう。スタン・ハンセンはロープを、ブルーザー・ブロディはチェーンを振りまわして客を蹴散らしながらリングに近づいていく。

 客はテレビに映ることを知っていてピースサインをしたり、自分の名前を書いた画用紙を掲げて笑っている。だが、そんな彼らを制止する若手選手たちの表情は真剣そのものだ。隙や心のゆるみが感じられない。ゆえにリングの周囲には常にピリピリとした緊張感が漂っていたのである。それが「熱」として観る者に伝わったのではないか。

 かつて、あるプロレスラーが、私にこんな風に言ったことがある。
「楽しみながら、明るくやりたいんですよ。やっている自分が楽しくなきゃ、お客さんにも楽しさが伝わらないでしょ」

 これは違うと思った。楽しんでいる人間は熱を生むことなどできない。必死になって、自分が壊れそうになるほどに苦しみ、緊張して何かと闘う時にのみ、熱は生じるのだ。

 繰り返すが、プロレスはいまも、30年前も肉体演劇である。そこに違いはない。だが、30年前、プロレスラーたちは対戦相手ではなく世間と闘っていた。あらかじめ勝敗を決めていることをひた隠し、たとえ虚構であってもプロレスというジャンルを構築し続けることに必死だったのだ。そこには緊張感があり、それが熱として観る者に届いていた。

 そんな話を黙って聞いていた友人は私に言った。
「そうだね。でも、もう時代が違うんだよ」

 そうかもしれない。でも緊張感は、どんな時代にも生じるはずだ。肉体がカッコよければ、それで良いというものではない。技が派手ならば、それでいいわけでもない。面白ければ、いいはずもない。そんなものは観ても5分で忘れる。

 だが、緊張感はヒトの中に熱として残る。プロレス人気回復のヒントが、そこに隠されているように思う。

----------------------------------------
近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』(汐文社)ほか。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
◎バックナンバーはこちらから