素晴らしいマッチメイクだと思う。いまからワクワクする。お茶の間のファンとディープなボクシング好きの両方に多大な期待を抱かせる好カードと言えるだろう。8月25日、東京・有明コロシアムで行われる村田諒太(ロンドン五輪ボクシング・ミドル級金メダリスト、三迫)プロデビュー戦の話だ。
(写真:あのロンドンでの熱狂から1年、金メダリストが注目のプロ初戦を迎える)
 対戦相手は、東洋太平洋ミドル級、日本スーパーウェルター級の現2冠王者・柴田明雄(ワタナベ)。
「五輪金メダリスト」vs.「プロ東洋王者」
 いきなりのミドル級「日本最強決定戦」の実現だ。盛りあがらぬはずがない。

 カードが発表されるまで、実は私は、村田のプロデビュー戦には、それほど期待していなかった。これまでの大物選手のデビュー戦のように、勝ちが見込める格下の外国人選手を対戦相手に選ぶのだろうと思っていたからだ。大変、失礼した。村田も、彼を売り出そうとしている陣営も本気である。そのことが、このカード発表で十分に伝わってきた。

「(プロ)デビュー前の僕が、いきなり日本で一番強い相手と闘うことは生意気ですし、恐縮していますが、一生懸命、全力を尽くして頑張りたい」(村田)
「強い人とやれるのはうれしい。僕も挑戦者の気持ちで頑張りたい」(柴田)
 ともにコメントは謙虚だが、互いに「この一戦は絶対に負けられない」との思いは非常に強いはずだ。

 果たして勝つのはどっちか?
「実力的に村田が上でしょう。五輪で金メダルを獲得するのは、プロで世界チャンピオンになるより難しい。ボクサーとしての戦闘能力には差がある」
「有利なのは村田。ディフェンスの技術ひとつとっても差は明らか」
「アスリートとしてのバランス能力が違います。普通に考えれば、村田の動きのスマートさが際立っての判定勝利でしょう」
 私が聞いた限り、関係者の間では「村田優位」の声が圧倒的に強い。

 だが、果たして、そうなるだろうか。
 確かに「センス」という点において、村田に分があるとの見方はうなづける。それでも、実は、センスがそのままリングで活かされるとは限らないのが格闘競技のおもしろいところである。勝敗を分ける最大要素は、経験、そしてメンタルだったりするのだ。 

 村田より5歳上の柴田は、ここまで決してエリート街道を歩んできたわけではない。いや、むしろデビュー直後は負けが続き、大した期待もされていなかった。壁にぶつかり、跳ね返されることを繰り返しながら、コツコツと自分を磨き、ここまで這い上がってきた苦労人だ。有名なわけでもない。コアなボクシングファンならともかく、普段はボクシングを見ないお茶の間のファンは村田のことは知っていても、柴田の名前を初めて聞く人がほとんどだろう。

 この一戦、表から見れば、「プロ村田のお披露目」だが、逆側から見ると「柴田の下剋上」なのである。プロのリングは初めてでプレッシャーのかかる村田に対して、経験豊富な王者ながら、見方によっては「噛ませ犬」に指名されたとも言える柴田のモチベーションは高まるばかりのように思う。

「やってやる!」との気持ちは、主役の村田を上回っているはずだ。メンタル的には柴田が優位ではないだろうか。ここ一番の集中力で自分の展開に持ち込めたならば、柴田にも勝機は十分にある。いずれが勝つにせよ、名勝負の予感あり。まずは勇気あるマッチメイクに拍手を送りたい。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』(汐文社)ほか。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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