第293回「勝つためには、速さより強さ!? ~IRONMAN World Championship Hawaii 2026~」

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 KONAは難しい。

 長い間、トライアスロン界の頂点を決める舞台として語られてきたIRONMAN World Championship。開催地のKONAという名には、歴史が積み重ねてきた伝説の重みがある。

 

 その重みをつくっているのは、選手のレベルの高さだけではない。読み切れない気候、容赦ない暑さや風、世界中から集まるメディアや観客の多さと熱気。そして、向き合うことになる自分自身との戦い。どれか一つだけが難しさの正体というわけではない。さまざまな要素が重なり、レースを複雑にしていく。

 

 しかしKONAには人を引き寄せる力がある。トライアスリートなら一度は立ちたいと願う舞台であり、世界の強豪が想いを寄せて集う場所だ。実際に現地に身を置くと、競技のレベルだけではなく、運営や周囲のホスピタリティ、集まった人たちのエネルギーの大きさにも圧倒される。選手だけでなく、応援する人も大会をつくっている。あの街に流れる熱気は、現地にいるからこそ実感できるものだ。

 

 今回、僕は故障していて、厳しい状態でスタートラインに立った。思い描いていたようなレースができるコンディションではなかったが、ドクターのサポートを受け、できることをやってみようと出場を決めた。結果として、バイクもランも苦しい時間が続いた。ランでは少し走っては歩き、また歩いては少し走る。その繰り返し。結果13時間14分の自己最長の時間かけフィニッシュした。

 

 だが、今回強く印象に残ったのは、記録ではない。時間がかかったからこそ見えた景色があった。エナジーラボの雄大なサンセット。真っ暗なクイーンKの先に、ぽつんと見えるエイドの灯り。選手にとって、その光は目標であり、希望でもある。走る選手も歩く選手も、互いに声をかけ、励まし合う姿。苦しいのは自分だけではない。隣を行く選手も、それぞれの事情を抱えながら前へ進んでいる。おそらくどの選手もこの大会のために人生をかけてきた。練習だけでなく様々な苦労もしてきただろう。だからこそこの苦しい時間が尊い。そんなことを思うと、さらにもう一歩を踏み出す力にもなる。

 

KONAが教えてくれること

 今回、満足に走れないことは分かっていたので、ランは「42キロの遠足」と考えることにした。少し居直ったような気持ちだったが、そのおかげで、速く走ることだけにとらわれず、道中を味わう余裕が生まれた。速く走ればあっという間に通り過ぎてしまう景色も、歩く速度だから目に入る。いつもと違うカラダの感覚を受け入れながら進む。こんな経験を通して、速く競技することだけがアイアンマンではないのだと、改めて感じた。

 

 挑戦の意味は、結果だけでは決まらないのだと思う。体調も天候も思いどおりにならない中、いまできる一歩を模索する。今回は完走できるかどうかを気にしながらスタートしたが、終わってみれば、これまで知らなかったKONAの姿に出会えた。アイアンマンというスポーツの奥深さを少し見せてもらった気がする。

 

 プロのレースにも、KONAの難しさは表れていた。女子は先頭を走っていたソルヴェイ・ロブセスがフィニッシュまで残り1マイルを切ったところで倒れ、テイラー・ニブが逆転して優勝した。ニブ自身も前年は完走できなかった選手だ。男子も終盤にヴァンサン・ルイが先頭をとらえて勝利した。最後まで何が起きるかわからない。毎年のように有力選手がリタイアし、今年もプロ選手の5人に1人がフィニッシュできなかった。KONAでは、実力やキャリアを持ってしても読み切れない何かが、レースを左右する。

 

 自然の中で行われるトライアスロンでは、環境をねじ伏せることはできない。暑さや風、その日の自分と折り合いをつけ、それでも一歩ずつ前進する作業を重ねていく。だから、特にここで勝つ選手は、ただ「速い」というより「強い」のだと思う。

 

 そして、その強さは優勝争いをする選手だけにあるものではない。暗闇の中でエイドを目指す人にも、自身の闘いの傍ら隣の選手を励ます人にもある。今回の僕も、思い描いたレースではなかったけれど、現地で応援してくれた皆さん、走りながら声をかけてくれた戦友たち、日本から応援してくれた皆さんのおかげで、最後まで諦めずKONAを味わうことができた。

 

 KONAは難しい。だからこそ、人を惹きつける。

 そして、速さだけでは測れない強さを、あの場所は教えてくれる。

 

<白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール>

 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17~25年まで東京都議会議員を務めた。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)。

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