「体力面はもちろん、精神的にも成長を感じています」
 親元を離れ、神奈川県横浜市にある日本体育大学に通う娘について、母・美和はこう語る。昨年、中野美優は同大の女子水球部に入った。女子では高知県出身者は初めてだという。1年生は中野のほかにもうひとりいた。だが、マネージャーとしての入部であり、プレーヤーとしては中野ひとりだった。日本代表でも活躍する三浦里佳子が卒業し、ゴールキーパー(GK)が不在の状態だったこともあり、自ずと中野が正GKとなった。とはいえ、新人であることに変わりはない。
「詳しくはわかりませんが、いろいろと気を遣うこともあったと思うんです。そうした経験によって、周りへの気配りもできるようになってきたんじゃないかな」
 母親は娘の確かな成長を感じ取っていた。
 一方、同大水球部の大本洋嗣監督は「正直、最初は本当に大丈夫かな、と思っていました」と語る。
「彼女に関してはジュニアの頃から『勘のいいキーパーが高知にいる』ということを聞いていました。でも、うちは練習が厳しい。朝6時から始まりますので、それこそ冬場なんかは夜も明けないうちから始まるんです。だから、ついてこれるのかなという心配はありましたね」

 しかし、それは杞憂に終わった。真面目な性格の持ち主である中野は黙々と自ら練習するような選手だった。だが、GKとしてのプレーは大学ではまったく通用しなかった。
「全然ダメでしたね。大学生の速いシュートに目が追いついていなくて、止めることができなかったんです」

 そんな中野が変わり始めたのは、1年の冬頃だったという。
「彼女しかキーパーはいませんでしたから、自覚し始めたんだと思います。とにかく真面目なんですよ。放っておいても練習しますから。自分の出番じゃなくても、男子のキーパーの後ろに行って見ていたり、研究熱心です」
 中野はみるみるうちに上達し、チームからの信頼を得ていった。

 だが、まだ自信を得るまでには至っていない。今春の関東学生リーグ、東京女子大学との決勝戦のことだ。中野はスタートから出たが、いつも以上に緊張し、パスミスを連発。パニックに陥った中野は、途中交代を余儀なくさせられた。大本監督は言う。
「確実に巧くはなっていますが、まだ安定感はない。一度崩れてしまうと、ガタガタといってしまう危うさがあるんです。そのへんを克服すれば、さらに成長するでしょうね。彼女は本当にいい子なんです。でも、プレーではもっと図々しくてもいい。まだ遠慮気味にやっているところがあるので、もっと我を出してほしいですね」

 存在感のあるGKへ

 現在、中野自身が課題に掲げているのが、下半身の強化だ。
「キーパーは水中で強く蹴り上げ、遠くに飛んでゴールを守ります。私は身体が小さいので、より遠くに飛ばなければいけないのですが、下半身が弱い。蹴りを強くするためにも、もっと鍛えなければいけないんです」
 そう語る中野は、練習中には両手に10キロの重りをつけたり、通常使われるボールよりも重い5キロの重りでパス練習をしたりするなど、蹴りの強化に必死だ。

 さらに、GKに求められるのは身体の強さだけではない。巧いGKは味方の守備に的確な指示を出し、シュートコースを埋めたり、逆にわざとコースを空けるなどして、自分が取りやすいところにシュートを打たせる。つまり、水球のGKは守備における司令塔なのだ。大本監督はこう語る。

「いいキーパーというのは、試合の中で存在感があるんです。だから守備も自在にコントロールすることができる。逆に存在感のないキーパーは、相手に気持ちよくシュートを打たせてしまうんです。中野はまだ2年生ですから、今は来たシュートに対して反応するので精一杯の状態。でも、今後はもっと自信をもってディフェンスに指示をして、自分が思い描いているシュートシーンをつくれるように組立てていってほしいですね」

 一方、中野もそのことは自覚しているようだ。
「監督からは『自分の守りたいように守ればいい』と言われるのですが、どうディフェンスを動かしたら自分が一番守りやすいのか、相手に打たせたいコースはどこなのかを素早く判断するのは難しい。それはまだまだだなと思っています」

 しかし、日本代表GKの三浦よりも勝っているところもあると大本監督は言う。
「中野は運動的、筋力的には非常に高いものを持っている。特に瞬発力に関しては、三浦よりも上だと思いますね。その瞬発力に加えて、守備をコントロールすることができるようになれば、彼女独自のスタイルが出来上がっていくと思います」

 オリンピック出場の夢

 中野の将来の目標は故郷の高知で教師になることだ。その理由は、子どもたちに水球を教えたいからだという。その気持ちは彼女が小学生の時から一貫していると母・美和は語る。
「高校時代はパティシエになる夢も持っていましたが、たとえパティシエになっても水球を教えたいとは思っていたみたいです。とにかく水球から離れるつもりはなかったようですね」

 一方、中野の将来の目標を聞いて喜んだのが小学校から高校まで中野が通った春野クラブの恩師・徳田晃監督だ。
「そうですか、そんなことを言っていましたか。それは知りませんでした」
 そして、こう続けた。
「よし、決まりだ! 中野にクラブを継いでもらいますよ。クラブの子たちにとっても、先輩である彼女の存在は励みになるでしょうからね。いろいろと語ってほしいなと思います」

 母・美和と徳田監督2人の共通の願いは、日本代表としての活躍だ。もちろん、近い将来の目標として中野も目指している。奇しくも2020年にはオリンピック・パラリンピックが東京で開催されることが決定した。7年後、中野は26歳。ちょうどプレーヤーとして最も脂の乗った時期で迎えることになる。未だ一度もオリンピック出場を果たしていない水球女子にとっては最大のチャンスでもある。日本水球界の新たな歴史の1ページが刻まれる時、日の丸を背負った中野の姿がそこにあるはずだ。

(おわり)

中野美優(なかの・みゆ)
1993年11月2日、高知県高知市(旧春野町)生まれ。小学4年から春野クラブで水球を始める。中学2年時にはJOCジュニアオリンピックカップ春季大会で県勢初の優勝を収める。翌年の夏季大会では準優勝した。昨年、日本体育大学に進学し、1年生ながら正GKとして日本学生選手権連覇に大きく貢献。9月のアジアジュニア選手権では日本代表として初の国際舞台を踏んだ。




(文・写真/斎藤寿子)
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