アジア杯 AFCはサウジ側の事情を考慮している場合ではない
14年10月10日、FRMF(王立モロッコサッカー連盟)は99日後に自国で開幕予定だったアフリカネーションズカップの延期をアフリカサッカー連盟(CAF)に申し入れた。
当時、西アフリカではエボラ出血熱が流行しており、大会の開催によって自国にウイルスが持ち込まれることを懸念した上での提案だった。だが、CAFは延期を認めず、開催国は赤道ギニアに変更された。大会が開幕する64日前のことだった。
開幕の13日前に開催地が変更されたのは、21年のコパアメリカ(南米選手権)だった。当初はアルゼンチンとコロンビアによる共催の予定だったが、コロナの感染拡大による社会混乱は、非常事態レベルにまで高まった。南米サッカー連盟が出した結論は、ブラジルへの開催地変更だった。
先週も触れたが、過激派のテロにより来年1月にサウジアラビアで予定されているアジア杯の開催が危ぶまれている。15日、現地の組織委員会は大会準備が予定通りに進んでいると発表し、延期や開催地変更の可能性をやんわりと否定した。
ただ、東京五輪を巡る一連の騒動を経験した日本人が熟知しているように、国際大会の開催を決定するのは開催国ではない。受け入れる側がどれだけ懇願しても、司る側が「ノー」と言えばそれで終わりである。
ご存じの通り、東京五輪はIOCの決定によって延期された。同年に開催予定だったサッカーの欧州選手権も延期が決まった。だが、日程を動かしたこれらの決定は、相当に希有な例でもある。天災、情勢不安、疫病。さまざまな要因が国際大会を脅かしてきたが、それぞれの地域連盟は、多くの場合、日程を守ることを重視した。
大会直前になっての開催地変更は、迎える側にとってはもちろん、参加する側にも小さくはない痛みをもたらす。代替地として選ばれた側も、受け入れ態勢を整えるのは並大抵のことではない。本来の開催国が数年かけてやってきたことを、数カ月、数週間でやれというのは、はっきり言えば不可能に近い。
だが、そうしたこと全てを承知した上で、南米サッカー連盟は、CAFは、開催国ではなく日程を守る道を選んだ。不可能に近いから選択から排除するのではなく、残されたわずかな可能性の中から実現の方法を模索した。そのことは、まず事実として記憶しておきたい。
サッカーがテロに脅かされた例として記憶に新しいのは、01年のコパアメリカである。開催を予定されていたコロンビアでは爆破事件が相次ぎ、ついには同国サッカー連盟の副会長が誘拐される事件まで起きた。
開幕13日前の6月25日、南米サッカー連盟は開催権剥奪を発表した。だが、コロンビア政府から強硬な反発を受けると、一転して翌年への延期を決定。これで一件落着かと思いきや、今度はブラジルメディアからの横やりが入る。大会を延期すれば少なくとも1000万ドル以上の資金が流出する。かつ、翌年には日韓W杯が控えていることから、大会を組み込む時期が難しい――。
かくして7月5日、南米サッカー連盟は6日後の11日、予定通りコロンビアで大会は開幕すると発表した。だが、すでにチームを解散させてしまっていたカナダ、安全上の不安を訴えたアルゼンチンは大会への不参加を決定。急きょ、中米のコスタリカ、ホンジュラスが参加することでなんとか大会は開催された。
サウジアラビアは34年のW杯開催国でもある。ここで延期、あるいは開催国変更などということになれば、国としてのメンツは丸つぶれとなり、W杯開催を疑問視する声が上がることも予想される。当然、何としても予定通りにアジア杯を開催したいところだろうし、最悪でも延期というのが、彼らにとっての落としどころかもしれない。
だが、司る側がまず考慮すべきは選手であり、観客のはず。サウジ側の事情を考慮している場合では、はっきりいって、ない。
本日22日から、東京ではアジアサッカー連盟(AFC)の会合が開かれる。おそらく、アジア杯開催についても議題に上ることだろう。彼らがどんな方向に、あるいは結論に向かうのか。注視したい。
<この原稿は26年10月22日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>