ヒクソン・グレイシーが現役を引退すると発表したのが2006年だったから、それからもう7年が経ったことになる。ラストファイトは2000年5月26日、『コロシアム2000』(東京ドーム)での船木誠勝戦……それから数えれば13年。長い歳月が経過した。
(写真:ヒクソンと筆者。『クロン・グレイシー柔術アカデミー』の前で)
 ヒクソンはどうしているのだろうか?
 久しぶりに彼と話したいと思い、連絡をとり、先日、ロスアンジェルスで会った。
 
 現在、ヒクソンは故郷リオ・デ・ジャネイロに戻って暮らしている。だから、サンタモニカ近くにあった彼の道場『ヒクソン・グレイシー柔術センター』は、すでに閉じられている。その代わりに25歳になった彼の息子クロンが、ロスアンジェルス近郊の街カルバーシティに『クロン・グレイシー柔術アカデミー』を開設した。そこには、ヒクソンもよく顔を出している。リオ・デ・ジャネイロとロスアンジェルスをよく行き来しているようだ。私たちはクロンの道場で待ち合わせた。

 ヒクソンは今月(11月)21日に54歳になる。だが、私の前に現われた彼に老けたイメージはなかった。現役を引退した後も、好きなエクササイズ、スイミングにサーフィン、それに柔術のトレーニングも続けているようで、シェイプされた肉体を保っていた。
(写真:体つきだけを見ると、50代半ばとはとても思えなかった)

 ただ、目が少し優しくなったように感じた。それは笑顔を浮かべていたからだけではないだろう。闘いから解放されると、人の顔は変わる。

 待ち合わせたのが午後1時。それから夕方まで4時間以上、話をした。聞きたいことは山ほどあったから、それでも時間が足りず、翌日もサンタモニカのビーチで、また話をした。

「現在の生活」「視力を失いながら闘った船木戦」「高田延彦との再戦前、椎間板ヘルニアに悩まされたこと」「ウゴ・デュアルチとのビーチファイト」「ストリートファイトの数々」「安生洋二が道場破りに来た理由」「引退を決断した時の心境」「息子クロンについて」「尊敬する兄、ホーウス・グレイシーとの想い出」「現在の総合格闘技に対して」……などなど。とても有意義な時間だった。

 彼から聞いた話をひとつ紹介しておきたい。それは引退を決意した理由についてだ。
 彼は言った。
「本当は最後に(エメリヤーエンコ・)ヒョードルと闘うはずだったんだ」と。

――それはいつのこと?
「2006年。テキサス州にいるプロモーターからで、彼は新たなMMA(総合格闘技)のイベントを起ち上げようとしていた。そこでヒョードルと闘わないかというオファーだった。ファイトマネーを含む条件も私を満足させるものだったし、試合までの準備期間も十分に保たれていた。このオファーを私は受けたかった。
(写真:いまだから話せる知られざる真実をたっぷりと明かしてくれた)

 でもひとつ、不安があったんだ。
 それは右足に強い痛みを感じていたことだ。だが試合までには、まだ8カ月ある。ならば何とか治せるのではないかとも考えた。でも右足の痛みは、何らかの怪我によってもたらされたものではなく、長年の動きの積み重ねから来ているものだったから厄介な気がした。

 オファーを受けるべきかどうか迷ったよ。
 結局、私は、あの時、契約書にサインをしなかった。それによって試合ができなかったことは、とても残念だったが、いまでは、それで良かったと思っている。8カ月経った後も足の痛みは消えなかったんだ」

――いまも、右足は痛むのですか。
「普段の生活では、痛みは感じないよ。それに普通に(柔術の)練習をする分には支障がないところまで回復した。だが追い込んだ練習はもうできない」

――そのことで現役引退を決意したと……。
「そうだ。あの時に思ったんだ。納得のいく条件でもらったオファーを断っておいて、足の回復を願いながら、次のオファーを待ち、別の試合に出るというのは筋が通らないだろう、と。それは私の理念に反する。心は『まだ闘えるぞ』と言っていた。でも肉体がついていかなかった。

 きっと神様は私に告げたんだ。
『もう闘わなくていい』と。
 そう思うに至って現役を引退することを決めたよ」

 今月16、17日には愛知県武道館で『ヒクソン・グレイシー杯国際柔術大会2013』が開催される。それに伴い、ヒクソンは息子クロンとともに来日する。

※ヒクソン・グレイシーへのインタビュー全文は、現在発売中のムック『最強伝説ヒクソン・グレイシー』(洋泉社)に掲載されています。

撮影:真崎貴夫

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』(汐文社)ほか。最新刊は『ジャッキー・ロビンソン 〜人種差別をのりこえたメジャーリーガー〜』(汐文社)。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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