ヤンキースの“A・ロッド”ことアレックス・ロドリゲスが、再びネガティブな形で全米の注目を集めている。
 昨年、薬物問題でMLBから今季終了まで211試合の出場停止処分を受けるも、その後に異議申し立てを表明。しかし、1月11日に仲裁人より発表された審議結果は、彼にとって好ましいものではなかった。
(写真:常に論議を呼び起こし続けた風雲児の時代は終わったのか Photo By Gemini Keez)
 プレーオフを含む2014年いっぱいの出場停止――。
 この致命的な裁定を不服とするA・ロッドは、連邦裁判所に提訴して争う意向を示し、直後にはMLB、選手会を相手どって処分の破棄を求める訴訟を起こした。以降もほぼ毎日、新たな火種が生まれていおり、現代の風雲児を巡る不名誉な騒ぎはまだ続きそうな気配である。

 もっとも、その一方でMLBプレイヤーとしてのA・ロッドのキャリアはこれで終焉かもしれない。調停人の出した裁定を連邦裁判所が覆すことは考えられず、今季の全休は確実。ヤンキースとは2015〜17年に合計6100万ドルの契約を残してはいるが、もうあまりにもイメージが悪い上、この7月には39歳になるだけに、来季以降のまともな貢献は期待できそうにない。

 処分明けのサーカス的な注目を嫌い、ヤンキースが残り年俸のほぼ全額を飲んででも解雇すると予測するメディアは多い。そうやってFAになっても、他のどのチームも獲得に手を挙げない可能性は高いだろう。だとすれば、私たちはもう2度とロドリゲスがプレーする姿を観ることはないのだろうか……。

 A・ロッドはまさに「怪物」と呼び得るほどの能力を持ったアスリートであり、同時に常に論議を呼び続けてきたメジャーリーガーだった。キャリア通算654本塁打。そのパワーは驚異的で、「メジャー最高級選手」の称号をキャリアの大半で欲しいままにしてきた。

 全盛期はまず打球音、打球の弾道が他選手とははっきリと違った。球場で間近に観るとあまりの迫力に空恐ろしさを覚えるほどで、“モノが違う”としか言いようがない。「飛距離の出ないはずのティー・バッティング練習でセンターバックスクリーンを軽々と越した」「アマ時代から身体に気を遣い、ピザやファーストフードを避け、チキンとサラダしか食べなかった」など、残してきた伝説的エピソードも数知れず。薬物使用発覚前には殿堂入りも間違いないとみなされ、MLBの多くの記録は彼によって破られていくと信じられていた。

 だが、そんな高評価の一方で、2004年のヤンキース入り後も、2009年に過去の薬物使用が発覚する前も後も、ニューヨーカーは彼をデレク・ジーターやマリアーノ・リベラのようなヒーローとしては認めていなかった。
 その理由は、まずは2009年を除いてプレーオフで活躍できなかったこと。それと同時に、発言、行動にどこか偽物の匂いが漂っていたことが大きかったのだろう。
(写真:「キャリアを通じて常に薬物を使用し続けていたのではないか」と推測する声も飛び始めている Photo By Gemini Keez)

 誰が見ても明白なベースボールの才能を誇り、英語とスペイン語を流暢に操り、甘いマスクまで持ち合わせていた。それほど完璧な存在にもかかわらず、大舞台には弱く、残すコメントは無味乾燥。常に周囲の目を気にしながら行動しているようで、それでいてレンジャーズ時代には、よりによってジーターを軽視するようなことを言ったり、不必要な発言も多かった。

 ほとんど絵に描いたようなスーパースターが、これほど不安定であり続けた理由はどこにあったのか。答えははっきりとは分からないが、その危なっかしいパーソナリティと度重なる禁止薬物使用が密接に結びついていた可能性は高いのではないか。情緒不安定だからドーピングに頼ったのか、あるいは薬に依存していたから挙動不審だったのか……。
 
 忘れられないシーンがある。体力的には全盛期だったにもかかわらず、“勝負弱い”とのレッテルもすでに貼られ始めていた2006年のことだ。
 この年の6月15日に行われたインディアンス戦、走者を置いた場面も含めて2三振。ヤンキースは敗れ、A・ロッドは地元ファンからの大ブーイングにさらされた。そして試合後、ロッカー前に集まった報道陣の前で、ロドリゲスは次々と自虐的な言葉を吐き続けたのである。

「私についてどんな酷いことでも今日は書いてくれて構わないよ。いくらでもメチャメチャに書いてくれ。もしも私が記者だったらそうするだろうから。もしもファンだったら同じようにブーイングするだろうから。私が打っていたら勝っていたはずなのだからね。最悪だったよ」

 目に涙を浮かべてそう話すロドリゲスの姿は、痛々しさすら感じさせた。それと同時に、これまで見たどんな彼よりも“本物”に見えた。スタイリッシュなイメージにこだわり、「野球映画の主人公を自演しているかのよう」とまで言われた選手が、珍しく公に見せた素のままの姿だった。

 今、すべてを振り返って、彼のそんな姿を何度も見られなかったことを残念に思う。泣くのは構わないし、恥ずかしいことではない。むしろそんながむしゃらさと正直さこそが、A・ロッドに多くのヤンキースファンが何よりも求めていたものではなかったか。
(写真:MLBでプレーする機会を奪われ、今後にどんな人生を歩むのか Photo By Gemini Keez)

 特に過去の薬物使用が明らかになり、さらに悲願のワールドシリーズ制覇に貢献した2009年はチャンスだった。
 この年の開幕前に懺悔の告白を行ない、秋のプレーオフでは大舞台でも打てることをついに証明した。その後、年齢的な衰えが徐々に進もうとも、懸命にプレーを続ければ、そこそこの成績は残せたのではないか。同時に真摯な態度で日々を過ごしていれば、多くのニューヨーカーからも愛されたのではないか。

 しかし……A・ロッドはそれでも薬物を手に取り続け、2014年、ついに“最後の日々”を迎えることになった。
 彼にとっての挽回の機会は永遠に失われ、後には虚しさだけが残る。恐らくロドリゲスがメジャーでプレーすることはもう2度とないし、名誉が回復することもない。残ったのは“嘘つき”“薬物依存者”の称号だけだ。

 そしてこの先、同世代を生きた私たちも、空虚なレガシーを永遠に記憶していくことになる。A・ロッドが活躍した時代を振り返ったとき、周囲にいた人々も後味の悪さを感じざるを得ないことが、何よりも残念でならない。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY
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