「複雑な気持ちというのが正直なところです。ただ、決まった以上は楽天の誇り、東北の誇りを持ってメジャーリーグで大暴れしてほしいと思います」
 田中将大のヤンキース入りを受けて、楽天野球団社長の立花陽三は、そう語った。

 7年総額1億5500万ドル(約161億円)。田中がヤンキースと結んだ契約は破格だった。
 過去に田中以上の契約を結んだピッチャーはクレイトン・カーショー(ドジャース)、ジャスティン・バーランダー(タイガース)、フェリックス・ヘルナンデス(マリナーズ)、CCサバシア(ヤンキース)の4人しかいない。

 言うまでもなく、彼ら4人はすべてサイ・ヤング賞投手。田中は昨季、NPBで24勝0敗の日本球界ナンバーワン投手とはいえ、まだMLBでは1球も投げていないのだ。ヤンキースの田中にかける期待の大きさが窺えよう。

 MLB最多27回の「世界一」を誇るヤンキースも、ここ10年間は、松井秀喜がワールドシリーズMVPに選ばれた09年の1度しか頂点に立っていない。昨季はア・リーグ東地区3位に終わり、ポストシーズンゲームにも進出できなかった。

 翻ってライバルのレッドソックスは昨季も含め、この10年間で3度も世界一に就くなど名門の輝きを取り戻している。先発投手不足のヤンキースが日本のレジェンドエースを三顧の礼で迎え入れたのは、ある意味、必然だったと言えよう。

 しかし、田中が所属していた楽天には不満がくすぶる。失効して1年以上経っていたポスティングシステムが改定され、本人がチームを選べる事実上のフリーエージェント(FA)制度のように姿を変えたことで、球団の意向が反映されなくなってしまったのだ。移籍金も2000万ドル(約21億円)までと上限が設けられた。

「田中とはコミュニケーションがとれていたので、まだよかったけど、もし彼が何も話してくれなかったら、こちらは何の情報もつかめなかった。新ポスティングシステムは海外FA権の取得が早められたような制度で、これが本当に日本球界のためになるかと問われたら、疑問ですと言わざるを得ません」
 新制度の下では、日本球界はMLBの草刈り場になってしまうとの危機感を立花は強めているようだ。

 それにしても、と思う。2000万ドルという移籍金の根拠はあるのだろうか。ポスティングシステムを利用して松坂大輔がレッドソックスに移籍した時には約60億円、ダルビッシュ有がレンジャーズに移籍した時には約40億円の移籍金が、それぞれ西武と北海道日本ハムに払い込まれた。

 私案だが、所属球団がポスティングを許可した選手にNPBがA、B、Cと年齢や実績を基に格付けし、それぞれのランクに応じて移籍金を決めるという手もある。
 いずれにしても米国の言うがまま、なすがままというのはどうか。交渉事である以上、NPBサイドも建設的な提案をすべきだろう。

<この原稿は『サンデー毎日』2014年2月16日号に掲載されたものです>

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