ラグビー日本代表ヘッドコーチのエディー・ジョーンズはサントリーの監督時代、選手たちに食事中の携帯電話使用を禁じた。
 なぜか? サントリー所属で日本代表最多の81キャップを誇る小野澤宏時から、理由を聞いた。「せっかく円卓になっている夕食会場で皆が携帯電話をいじり始めるとコミュニケーションがとれなくなる。エディーさんは、それを気にしていたんです」
 たかが携帯電話というなかれ。最近は食事をしていても、相手の目を見て話さない若者が増えた。ヒマさえあれば下を向いてケータイやスマホをいじっている。
 それが悪いとは言わない。時代の流れなのだろう。しかし、少々、寂しくもある。せめて食事中や酒を飲んでいる時くらいは指の運動をやめて、あれこれ語り合おうよ。他愛のない会話の中から驚くようなアイデアが生まれてくることだってあるのだから。

 現在のジャパンはどうか。キャプテンの廣瀬俊朗は言った。「エディーさんはそれとなく選手の様子を見ています。食事中、社会人の選手がケータイを見ることは、まずありません。学生の中に、時々そういう選手がいますが、こちらから話しかけるようにしています」

 スポーツにおける食事環境の重要性を、最初に説いたのは、私が知る限りではサッカー元日本代表監督のハンス・オフトである。当時の日本代表はいくつか派閥があり、合宿の時など仲の良い者同士がテーブルを囲んでいた。「これでは真の信頼関係は生まれない」。そう案じたオフトはコの字型に食堂のテーブルを配置し、それぞれの顔が見えるようにした。

 組織改革の第一歩は食堂にあり――。それを実践したのがオフトだった。

 慶大ラグビー部出身で楽天野球団社長の立花陽三は就任するなり、球場内に社員と選手共用の食堂をつくった。メニューを増やし、野菜は食べ放題にした。結果はすぐに表れた。「満足度が増すと同時に、選手が食堂に集まってくるようになった。社員と一緒にご飯を食べることで一体感が生まれ、建設的なアイデアが出るようになった。今では食堂は貴重なコミュニケーションの場です」

 食堂はただ食事をする場所ではない。斬新なアイデアを生み、チームの連帯感を養う知と和のプラットホーム――これからはそう考えるべきかもしれない。

<この原稿は14年2月5日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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