「米国製のボールでツーシームを投げていたんですけど、右や左に浮いたり、沈んだりして予測がつかない。あれを打つのはきっと大変じゃないでしょうか」
 そう語ったのは東北楽天の美馬学である。ヤンキース入りが決まった田中将大と自主トレでキャッチボールをした時のエピソードだ。田中の視線は、既に海の向こうを見据えている。

 それにしても、破格である。7年総額1億5500万ドル(約161億円)。移籍金の2000万ドルも含めれば、1億7500万ドル。182億円にものぼる。
 しかも、自らが希望すれば4年後に契約を打ち切ることができる「オプト・アウト」という権利も勝ち取った。

 いくら田中が昨季、日本で24勝無敗のレジェンド・エースとはいえ、MLBではまだ1球も投げていないのだ。
 昨季、ア・リーグ東地区3位タイに終わり、ポストシーズンゲーム進出を逃したヤンキースは大勝負に出た。松井秀喜がワールドシリーズMVPに輝いた2009年以来の「世界一」を視野に入れた巨額投資だ。

 ヤンキースの最大のライバルと言えば上原浩治が守護神を務めるレッドソックス。ライバルはこの10年間で3度も世界一に輝いている。
 打倒レッドソックス! 否応なく田中は、その責任も背負わされることになる。

 日本人投手がこれまでに上げた最多勝ち星は、レッドソックス時代の08年、松坂大輔(現メッツ傘下)が記録した18勝(3敗)だが、打線との歯車が噛み合えば、それを上回る可能性もある。

 問題はニューヨークのメディアだ。活躍すれば、メシアのように称えるが、期待に応えられない場合は、もう踏んだり蹴ったりだ。

 鳴り物入りでヤンキースに入団したピッチャーと言えば伊良部秀輝(故人)を思い出す。ヤンキースタジアムでのデビュー戦で、いきなり勝利をあげた時の翌日の某紙の見出しはこうだった。
「BEAST OF THE EAST(東洋の怪物)」
 ところが、しばらくして負けが込むと、こう変わった。
「WORST OF THE EAST」
 伊良部がこの見出しを見たかどうかは知らないが、相当のストレスを感じている様子だった。

 高校でもプロでも日本一を経験するなどプレッシャーに強い田中には、ぜひニューヨークの輝ける星になって欲しい。

<この原稿は2014年2月21日号『週刊漫画ゴラク』に掲載された原稿を一部再構成したものです>

◎バックナンバーはこちらから