昨今の米ボクシング界で最大のニュースといえば、ゴールデンボーイ・プロモーションズ(以下/GBP)のリチャード・シェイファー氏が6月2日にCEO職の辞任を発表したことである。
 シェイファー離脱の原因は、GBPの創始者であるオスカー・デラホーヤと仲違いしたこと。5月3日のフロイド・メイウェザー対マルコス・マイダナ戦の前にラスベガスで会見を行なったデラホーヤは、その場でシェイファーとの間に問題があることをすでに認めていた。それゆえに、今回の発表は業界内の誰にとっても驚きではなかった。
(写真:アルコール依存症のリハビリ施設から退院後、トップランクとの関係修復に乗り出したデラホーヤ。しかし今後、傘下の選手を大量に失う可能性もある)
 しかし、この“世紀の離婚”がボクシング界に及ぼす影響は計り知れない。GBPとトップランクこそが、現代を代表する2大プロモーター。多くのトップボクサーがこの2社とは少なからず関係を持っており、ライバル社同士の選手たちの直接対決もしばらくは考えられなかった。その明白な構図に、ここで変化がもたらされることは確実になったのである。

 GBPの一枚看板となったデラホーヤは、今後、長きに渡って確執を続けてきたトップランクのボブ・アラムCEOと提携を始めると見られている。
 もともとデラホーヤとシェイファーのいざこざの理由のひとつは、デラホーヤとアラムの関係修復をシェイファーが不満としたこと。特にGBPの強力な舵取り役がいなくなった今、デラホーヤとアラムが手を組まない理由はない。

 一見すると、ファンにとって良いニュースに思える。たとえば中量級戦線ひとつを取ってみても、トップランクのマニー・パッキャオ、ファン・マヌエル・マルケス、ティモシー・ブラッドリーと、GBPのダニー・ガルシア、アミア・カーン、キース・サーマン、ショーン・ポーター、エイドリアン・ブローナーらとの対戦を阻む要素はなくなったように見えるからだ。
(写真:8月9日に次戦予定のダニー・ガルシア。来年にはパッキャオ、メイウェザーのどちらと対戦することになっても不思議はない)

 ただ、ことはそう簡単には進みそうにない。GBPを去ったシェイファーが、近い将来、強力アドバイザーのアル・ヘイモンと組んで新会社を立ち上げることを予想する関係者は多い。そして、これまでGBPに所属していたボクサーたちが、デラホーヤ、シェイファーのどちらに追随するかが定かではない。

 サーマン、ポーター、ゲイリー・ラッセルJr.といったGBP傘下で試合を行なっていた多くの選手たちは、正式契約を結ばず、ヘイモン、シェイファーとの関係ゆえに興行に出場していたことがすでに明らかになっている。契約社会のアメリカにおいて、いわばグレーエリアに属していたそれらのボクサーたちは、シェイファーの新会社にすんなりと移ることが可能なのかどうか。

 一方、カーン、ロバート・ゲレーロのようにGBPと契約を交わしていた選手はどうなるのか。また、デラホーヤ子飼いのサウル・“カネロ”アルバレス以外に、GBPに積極的に残りたいと思う選手がどれだけいるのか。

 現時点でこれらの疑問に対する答えはまったく見えない。すべてがうまく運べば、たとえばノニト・ドネア(トップランク所属)対アブナー・マレス(GBP所属)、パッキャオ対ダニー・ガルシアのような好カードが可能になる。しかし、そこにたとり着けるかは分からない。たとえ可能だとしても、紆余曲折あることは間違いない。
(写真:マイキー・ガルシアはトップランクを相手取って訴訟中。メイウェザーが接近しているとの噂もある)

 複数の選手の契約を巡って、近未来に多くの訴訟問題に発展してしまう匂いが濃厚に漂っている。残念ながらお約束となった感のあるプロモーター間の闘争に、ボクシング界はしばらく揺れ続けることになりそうなのだ。

 また、最後に全世界が待望するメイウェザー対パッキャオ戦の可能性に触れておくと、この試合の実現が困難な状況にはまったく変わりない。
 シェイファーと関係の深かったメイウェザーは、すでにGBPとの関係を断ち切ると発表している。そしてパッキャオの方は、トップランクと2015年いっぱいまで続く2年間の契約延長を行なったばかり。提携開始が予想されるアラム、デラホーヤはどちらもメイウェザーと犬猿の仲であることを考えれば、ドリームファイト実現はより難しくなったと言っても大げさではない。
(写真:メイウェザー<左>とシェイファーは親密な仲だけに、今後も関係続行が濃厚)

 今回のお家騒動が起こる以前から、メイウェザー、パッキャオともに当面の対戦相手候補が枯渇し始めていた。
 9月13日に挙行と発表されたメイウェザーの次戦はマイダナとの再戦、11月開催と目されるパッキャオの次戦はマルケスとの5度目の激突が有力と見られる。現実的な選択肢に新鮮なカードが乏しいのであれば、“両者が直接対決すれば良い”と思うかもしれないが、それがほぼ不可能なままなのがもどかしいところだ。

 メイウェザーが予定通りに9月に試合を行なうとすれば、数週間以内に相手を選別せねばならない。その際には、誰と対戦するかだけでなく、どんな体制での興行となるかにも注目が集まる。これまで現役最強王者のビッグファイトを運営してきたGBPから離れた今、次戦で彼のサポート役に誰が、どんな肩書きで立つか……。現時点ではほとんど見えてきていないのが現状なのである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。この3月に最新刊『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)を上梓。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


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