「神様、仏様、田中様……」
 日本風に言えば、ヤンキースファンはそう手を合わせて拝みたい気分だったかもしれない。
 4連敗中だったヤンキースの“最後の砦”として6月5日に先発マウンドに上がった田中将大は、ア・リーグ西地区の首位を独走するアスレチックス相手に6回を5安打1失点。これで9勝目を飾るとともに、12試合連続クォリティスタート、防御率2.02も依然としてリーグ1位と、その勢いは止まるところを知らない。5月のア・リーグ月間最優秀投手選出も当然で、現時点で新人王、サイ・ヤング賞の有力候補であると言ってよい。
(写真:どこに行っても大歓声を浴びているジーターだが、パワー低下、守備範囲の減少は否定できない Photo by Gemini Keez)
「もしも田中がいなかったらどうなっていたんだろう?」
 ほとんど孤軍奮闘を続けるエースを見て、一部のヤンキースファンからはそんな声もあがり始めている。実際、田中がこれだけ活躍しているにも関わらず、ヤンキースのペースは上がっていない。

 田中が先発した日は10勝2敗(勝率.833)だが、それ以外の日は20勝27敗(.426)。5日までのツインズ、マリナーズ、アスレチックスを迎えたホーム7連戦にも2勝5敗と負け越し、30勝29敗と勝率5割キープも怪しい状況になった。予想外に好調の首位ブルージェイズに早くも6ゲーム差をつけられ、6日からはカンザスシティ、シアトル、オークランドと続くタフなロード10連戦が待ち受けている。この遠征が終わる頃には、今季の優勝争い参入は本格的に厳しい状況になっていても不思議はなさそうだ。

 これほど苦しんでいる最大の原因は、ホーム7連戦でも合計わずか16得点に終わった打撃不振である。ここまで総得点ではア・リーグ15チーム中11位、出塁率では10位。打者有利の球場を本拠地にし、しかもオフには多くの新戦力を補強した後なのだから、期待外れとしか言いようがない。

 ブライアン・マッキャン(.229、7本塁打)、カルロス・ベルトラン(.234、5本塁打)、ブライアン・ロバーツ(.238、2本塁打)といった新加入選手たちはそれぞれ低迷。デレク・ジーター(.259、1本塁打)は衰えは隠し切れず、アルフォンソ・ソリアーノ(.233、6本塁打)も昨季後半の神通力が途切れ、パワーは健在のマーク・テシェイラ(.248、10本塁打)も故障がちとなっている。
(写真:長打力発揮が期待されたマッキャンも苦しんでいる Photo by Gemini Keez)

 時を同じくして、ここまでの59試合中26戦で2四球以下と、過去の“ブロンクス・ボンバーズ(ヤンキースの愛称)”のトレードマークでもあった辛抱強さも消え失せてしまった。結果として、昨オフに大枚を叩いた後でも、今季59試合終了時点での合計240得点は貧打に泣いた昨季とまったく同じ。投手陣が必死の我慢を繰り返す展開が続き、痺れを切らしたスタジアムのファンが終盤のイニングにはウェーブを起こして退屈しのぎするゲームが増えている。

「ケガ人が多いのは事実だが、それは言い訳にはできない。それでもやり遂げる術を見つけなければいけない。活躍を予期していた選手たちに働いてもらわなければならないんだ」
 テシェイラ、ベルトランらがケガで欠場を繰り返す中でも、ジョー・ジラルディ監督は気丈に語っている。しかし、主力選手たちの年齢を考えても、故障は今後も避けられないだろう。投手陣からもCCサバシア、イバン・ノバ、マイケル・ピネダが離脱しており、苦しい台所事情は打線と変わりない。
(写真:ベタンセスのような若手リリーフ投手が芽を出した好材料もあるが…… Photo by Gemini Keez)

 正直、シーズン最初の1/3を終えた時点で、2014年版のヤンキースは優勝争いに食い込むポテンシャルがあるチームにはとても見えない。このままでは、後半戦では田中の活躍と、今季限りで引退を発表しているジーターのセレモニーばかりが見どころになったとしても驚くべきではない。

 ただ……ヤンキースは昨季もポストシーズン進出に失敗しているだけに、2年連続のプレーオフ逸は許されない。オフに田中、ベルトラン、マッキャンらを獲得したのも、絶対に負けられない意気込みの表れだった。もともと背水の陣で臨んでいるのだから、今季もこのまま引き下がるとは思えない。

 昨季に打率.277、23本塁打を残しながら、オフに引き取り手がなかったFAのケンドリー・モラレスに触手を伸ばしたという噂もすでに聞こえてくる。このモラレス以外に具体的な野手の補強候補名は出てきていないが、ヤンキースが水面下で動いていることは間違いないはずだ。
(写真:ソリアーノは内容の悪い打撃が目立つ Photo by Gemini Keez)

 打線の方は実績あるベテランがいずれ復調すると信じ、徐々に息切れを起こしていきそうな先発投手陣にてこ入れを施していくという手もある。その場合には、ジェフ・サマージャ(カブス)、ジェイソン・ハメル(カブス)、クリフ・リー(フィリーズ)、ジャスティン・マスターソン(インディアンス)といったピッチャーがターゲットになってくる。

 開幕直後から不確定要素は山積みだっただけに、巨額投資の後でもヤンキースの大幅な戦力アップを疑う関係者は実は少なくなかった。その懸念が的中し、2年連続ポストシーズンに進めなかったとしたら、チーム史に残る失敗と見なされることになる。そんな状況を打破するためには、これから7月下旬のトレード期限までが大きな勝負となる。田中、エルスベリー、デビッド・ロバートソンといった新たなコアを支えるべく、ブライアン・キャッシュマンGMは効果的な補強策を実行できるのか。

 現在のチーム状態を考えれば、優勝争いできるチームをつくるのは極めて難しい作業だと言わざるを得ない。ただ、それでも最大限の努力をせねばならない。それこそが常勝を義務づけられた大都市チームの宿命である。

 そして、その努力も実らず、ジリ貧に陥った場合には……2014年シーズンが終わる頃、キャッシュマンGM、ジラルディ監督といった重鎮たちの去就が大きな話題になってしまうことは間違いないだろう。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。この3月に最新刊『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)を上梓。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


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