7月11日、NBAに、いや米スポーツ界全体に衝撃が走った。マイアミ・ヒートとの契約をオプトアウトしてFAになっていたレブロン・ジェームスが、「スポーツ・イラストレイテッド」誌の電子版で手記をリリースした。オハイオ州アクロン出身のレブロンにとって地元チームであるクリーブランド・キャバリアーズ(以下、キャブズ)への復帰を、そこで表明したのである。
(写真:レブロンの電撃復帰を米メディアも大きく伝えている)
「できる限りのことをやる。挑戦の準備はできている。僕は故郷に帰るよ」
過去にMVPを4度獲得し、昨季まで4年連続でヒートをファイナル進出に導いたレブロンは、誰もが認める現役最高の選手である。それほどのスーパースターが2010年までを過ごしたキャブズへの移籍を決断した背後には、戦力的な打算ももちろんあるだろう。

2013年まで2連覇を達成したヒートだったが、今年のファイナルではサンアントニオ・スパーズに1勝4敗で惨敗。高齢化したロースターは動きが悪く、チーム全体がピークを過ぎたことを感じさせたのは事実だった。

ただ、筆者個人の意見を言えば、契約オプトアウトを表明した後でも、1〜2年の短期契約でレブロンはヒートに残留すると考えていた。
イースタン・カンファレンスの現状を見れば、たとえピークは過ぎていても、ほぼ同様のコアを保てばヒートは来季もかなりの確率でファイナルまで進める。短期の契約を結べば、チーム側に戦力補強を促す重圧をかけることもできる。

キャブズにも徐々にタレントが集まり始めてはいるが、本格化までにあと1〜2年はかかる。だとすれば、“キング・ジェームス”はもう2年ほどマイアミで過ごし、もう1度優勝を狙う方がベター。キャブズに戻るとしても、“次の契約”が最高のタイミングではないか。

 そんな風に睨んでいたメディアは、筆者以外にも多かった。しかし、多くの関係者の予想に反して、レブロンは29歳の現時点でクリーブランドへの帰還を選択することになる。その理由は、いったいどこにあったのか。
(写真:その可能性を認めつつも、現段階でのレブロンのクリーブランド復帰を現実的に考えた人は少なかった)

「いつか生まれ故郷に恩返しがしたい。そう思っていた。なぜなら、オハイオは僕にとってバスケットボール以上に大切な場所だから。数年前には気付かなかったことに、今は気付いたんだ」

「クリーブランドを離れたときの僕には使命があった。それはチャンピオンになること。そして僕はそれを2度達成することができた。マイアミはその味を知っているが、僕の故郷はもう長く味わえていない。目標は可能な限り多くの優勝を経験することだが、それをオハイオ州北東部にもたらすことが今の僕には何よりも大切なんだ」

 いろいろな意見があるだろうが、手記に記されたこれらのレブロンの言葉が口先だけのものだとは筆者は思わない。
振り返ってみれば、レブロンの故郷への想いの強さを示すエピソードは枚挙に暇がない。マイアミ最大のスポーツヒーローになった後でも、絶えずオハイオを“ホーム”と呼び続けた。昨シーズン中には「2014年に戻ってきて」と書かれたTシャツを着て、試合中にコート上に飛び込んできたキャブズファンを優しく受け止めたこともあった。“ザ・ディシジョン”と銘打たれたテレビ番組で移籍を発表した4年前の手法は、故郷の人の気持ちを考えれば適切ではなかったこともすでに認めていた。
(写真:2010年にはテレビ番組で移籍を表明したことで、一時は全米から激しい批判を浴びた)

「(クリーブランドで)優勝できたらどんなに良かったか。東9番街でのパレードがどれほど素晴らしかったか想像することしかできないよ」
2012年にヒートの一員として初めての優勝を遂げた後には、キャブズでの勝利ではないことを残念に思うような発言すらあった。

4年前のレブロンは、クリーブランドにいたら勝てないと思ったのだろう。より良い選手になるために、悲願の優勝を果たすため、マイアミに向かった。
そして、願い通りにヒートで2度の優勝を果たし、“無冠の帝王”は返上。一人前になれたと感じたそのとき、改めて故郷に対する渇望が湧いてきたに違いない。成長できたと思えたからこそ、今度は自分のホームタウンに還元したいと心から願ったのではないか。

「マイアミでの生活は大学に行くような感覚だった。この4年間で選手としても、ひとりの人間としても大きく成長できた」
自分の最も大事なものから、自然な形で一時的にでも距離を置こうとする。ひとつのところにいると、これ以上は成長できないような気がしてしまう。特に男とはそういう考え方をしがちだ。そして、大抵の場合、離れている時間の中で、故郷の素晴らしさに改めて気付く。

外国暮らしに憧れた経験がある人なら、実際にその地を訪れた後、母国の文化がどんなに美しかったかを懐かしく思い出したことがあるのではないか。そんな風に考えれば、レブロンの心の揺れ動きも理解できる気がしてくる。

「優勝は保証できない。その難しさはすでに分かっている。まだ準備はできていないし、これまで以上に時間がかかるかもしれない。ただ、自分がこのチームをまとめ、到達したことがいない場所まで導くことを助けられるのが楽しみだ」
そう記したレブロンの言葉は、単なる謙遜ではない。レブロンひとりいればどんなチームも優勝候補にはなるが、だとしても、キャブズは過去数年のヒートのようなダントツの本命ではない。サイズに欠ける陣容では、特に群雄割拠のウェスタン・カンファレンスの強豪には苦戦は必至だろう。
(写真:マイアミでは素晴らしい実績を残したが……)

2012年の新人王カイリー・アービングは勝てる選手なのか、今年のドラフト1位のアンドリュー・ウィギンスは成長できるか、欧州で輝かしい実績を残した新監督のデビッド・ブラットはNBAに適応できるか、フロントは首尾良くケビン・ラブを獲得するトレードをまとめられるか……etc。

未知の要素は数え切れず、現時点でのキャブズはシカゴ・ブルズ、インディアナ・ペイサーズとほぼ互角か。ラブを加えられたとしても、ファイナルでウェスタン・カンファレンスの強豪に勝てるほどに成熟するまでには少し時間が必要かもしれない。

ただ、それらをすべて理解した上で、レブロンはそれでもキャブズに戻る決断をした。原点回帰は、新しい戦いのスタート。マイアミでの日々を経て成熟した“選ばれし男”が、ホームタウンでどんなプレーをみせるかが興味深い。

多少時間がかかったとしても、いつかキャブズを優勝に導き、クリーブランドでパレードが催されたら、どんなに素晴らしいだろう?
そんな楽しい想像を巡らせているのは、もうレブロンだけではないはずである。そして、悲願を達成したそのときには、レブロンは今よりさらに大きな英雄として崇められるに違いないのである。

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。この3月に最新刊『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)を上梓。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


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