9月13日 ラスベガス/MGMグランドガーデン・アリーナ
 WBA・WBC世界ウェルター級、スーパーウェルター級王者
フロイド・メイウェザー(アメリカ/46戦全勝(26KO))
vs.
 元WBA世界スーパーライト級、ウェルター級王者
マルコス・マイダナ(アルゼンチン/35勝(31KO)4敗)

「再戦も良いじゃないか。ファンが望む試合をこなしていきたいんだ。みんながメイウェザー対マイダナの第2戦を観たいなら、それをお届けするまでさ」
 ニューヨークで行なわれたキックオフ会見の際、無敗の5階級制覇王者、メイウェザーはそう語っていた。
(写真:メイウェザーとマイダナの再戦が決まった理由は?)
 今年5月に行なわれた両者の第1戦は、マイダナの健闘ゆえに接戦となり、メイウェザーが2−0の判定勝ち。普段はワンサイドが多い最強王者の試合としては意外にもエキサイティングな内容となった。ただ、“ファンが待望している”とまで言ってしまってオーバーだろう。

「マイダナも見せ場はつくった。しかし彼が奪ったのはせいぜい3、4ラウンド。俺の勝ちは動かなかったはずだ」
 選手の自己採点は甘めのことが多いが、前戦に関するメイウェザーの言葉はおおげさ過ぎはしない。マイダナが善戦したのは確かだとしても、クリーンヒットの多さでは無敗王者が明らかに上で、勝敗自体は明白に思えた。

 手のうちをすべて曝し尽くした後で再戦しても、マイダナにこれ以上の上がり目があるとは考え難いのも事実。37歳になった王者が短期間に急激に衰えでもしない限り、第1戦以上の内容にならないのではないか。
(写真:31歳のマイダナに、これ以上の伸びしろがあるとは思えないが……)

 そんな状況下で、それでもマイダナとのダイレクトでの再戦が組まれた理由はどこにあったのか? 実際には、他に商品価値の高い対戦相手が見つからなかったというのが正直なところに違いない。

 確実に興行が成功するサウル・“カネロ”アルバレス(メキシコ)とは1年前にすでに対戦し、再戦が望まれるような内容にはならなかった。敬虔なイスラム教信者のアミア・カーン(イギリス)は、7月にラマダーンを経験したために9月は準備が整わない。ショーン・ポーター(アメリカ)、キース・サーマン(アメリカ)のようなイキの良い若手も育ってはいるが、まだ全米的な知名度には乏しい。

 そんな中で、好試合直後のリマッチゆえにある程度の興行的成功が期待でき、なおかつ負けるリスクは少ないアルゼンチン人との再戦は、メイウェザー陣営には悪くないチョイスだった。第1戦のペイ・パー・ヴュー(PPV)購買数は約85万件とメイウェザー戦としては不発に終わったが、リマッチの話題性で数字が伸びれば御の字といったところに違いない。

 このフレッシュさに欠けるマイダナ戦よりも興味を惹いたのが、メイウェザーが「来年5月にビッグ・サプライズを用意している」と公言したこと。そんな言葉を聞けば、「いよいよマニー・パッキャオ戦の実現か」と周囲は期待させられてしまう。最近のパッキャオが明らかに衰えの兆候を見せていることを考えれば、メイウェザーにとっても叩きどころかもしれない。

 もっとも、思わせぶりな言い回しの多いメイウェザーの未来に関する発言を、真剣にとらえるべきではないのかもしれないが……。


 11月22日 マカオ/コタイ・アリーナ
 WBO世界ウェルター級王者
マニー・パッキャオ(フィリピン/56勝(38KO)5敗2分)
vs.
 WBO 世界スーパーライト級王者
クリス・アルジェリ(アメリカ/20戦全勝(8KO))

 メイウェザー対マイダナ再戦も業界全体から熱狂的に迎えられたわけではないが、それ以上にファンを落胆させたのが、パッキャオがほぼ無名のアルジェリを対戦相手に選んだことだった。
 今年6月にルスラン・プロボドニコフ(ロシア)を判定で下して新王者となったアルジェリは、30歳のアウトボクサー。キックボクシングのキャリアもあり、語り口も爽やかで、誰からも好感を持たれるタイプではある。
(写真:プロポドニコフ戦では初回にダウンを奪われながら、その後もアウトボクシングを貫いたアルジェリ<左>の頑張りは見事だった Photo By Shane Sims)

 ただ、一線級相手の勝利はプロボドニコフ戦だけで、PPV興行のメインを張るには、いくらなんでもキャリア不足。プロモートの難しいマカオでの興行ということもあって、約47万5000件の購買数に終わった昨年11月のパッキャオ対ブランドン・リオス(アメリカ)戦に続き、今回もPPV売り上げの苦戦は必至と見られる。かつてはパッキャオが戦うたびにコンスタントに100万件前後に達したものだが、アルジェリ戦は“30万件前後ではないか”などと囁かれているのだから寂しい限りである。

 昨今のボブ・アラムプロモーターはマカオ進出に強烈な興味を示し、定期的に興行を打っている。当地のカジノから大金が投資されるため、PPVが不発でも経済的な成功は約束されている。ただ、パッキャオの宿敵ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)が中国まで出向くはずもなく、対戦相手探しの選択の余地はメイウェザー以上に乏しいのが現実だった。
(写真:パッキャオがマカオのリングに登場するのは昨年11月のリオス戦に続いて2度目となる)

 一時は有力視されたプロボドニコフがタイトルを失った後で、現実的な候補となったのマイク・アルバラード(アメリカ)、ルイス・カルロス・アブレグ(アルゼンチン)、そしてアルジェリ。この3人だけと限定すれば、過去4戦中3敗のアルバラード、知名度ゼロのアブレグではなく、無敗のタイトルホルダーであるアルジェリが選ばれたのも理解できる。パッキャオが所属するトップランク社のウェルター級周辺の人材不足は深刻で、アルジェリ戦は新鮮なマッチメークが枯渇した産物だと言ってよい。

 最後に試合予想をしておくと、「パッキャオは意外に苦戦するかもしれない」という声も聞こえてくる。
 過去にくぐってきた修羅場の数には雲泥の差があるだけに、フィリピンの雄が前半から格の違いを思い知らせてしまう可能性もある。要所で連打をまとめ、大差の判定を握る流れが最も有力か。ただ、最近は爆発力よりも試合運びの上手さが目立つようになったパッキャオにとって、10cm近くも身長で上回り、アウトボクシングに徹してくるアルジェリはタイプ的にやり易い相手ではない。

 このアメリカ人との間には何度も拳を交えたマルケス、ティモシー・ブラッドリー(アメリカ)とのような因縁もなく、35歳になった6階級制覇王者が高いモチベーションを保つのは難しい。集中力を欠いたパッキャオに追い足の鋭さがなかった場合、ジャブを突き続けるアルジェリの前に序盤からポイントを失う展開も想像できる。

 パッキャオはボクシング界にとって依然として必要な役者だけに、そんなシナリオにならないことを願う関係者は多い。久々のKOでマカオのファンを魅了し、商品価値を少しでも取り戻して欲しいところではある。

 もっとも、“パッキャオがアルジェリに大苦戦の末に生き残る”といった結果になった方が、来年5月にメイウェザー戦が実現する可能性はより高まるのかもしれないが。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。この3月に最新刊『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)を上梓。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


◎バックナンバーはこちらから