今月は素晴らしい “夢の球宴”を2つ観ることができました。15日(現地時間)にターゲット・フィールドで行われたメジャーリーグオールスターゲーム、そして18、19日の2日間にわたって西武ドーム、甲子園で行なわれたプロ野球オールスターゲームです。どちらも球界きってのスター選手たちが、存分に力を見せつけてくれた、内容の濃い球宴でした。
 心を動かされたジーターへの敬意

「これぞ、メジャーリーグだ」。夢の球宴が幕を閉じた後、そんな興奮に包まれました。アメリカンリーグの主砲ミゲル・カブレラ(タイガース)の豪快な一発はもちろん、両リーグともに出てくる投手陣はみんな素晴らしいピッチングを披露してくれたメジャーリーグオールスター。選ばれた実力者たちがそれぞれの持ち味を存分に発揮し、観ている者を魅了してくれました。

 私が特に心を動かされたのは、やはり今季限りで引退を表明しているデレク・ジーター(ヤンキース)への球場全体の雰囲気です。まるでジーターの本拠地であるヤンキースタジアムであるかのように、ファン、選手はもちろん、そこにいるすべての人たちが彼に敬意を表していることが伝わってきました。

 最も感動的だったのは、初回のジーターの第1打席。スタンドの観衆がスタンディング・オベーションで迎えたのです。さらに驚いたのは、ナショナルリーグの先発、アダム・ウェインライト(カージナルス)までもがグラブをマウンドに置き、観衆と一緒に拍手で迎え、スタンディング・オベーションが終わるのを待ってくれていたのです。その理由を彼はこう語っています。
「あれは彼のための瞬間。(スタンディング・オベーションを)楽しんでほしかった」
 泣けてくるコメントですよね。

 来年からは、ヤンキースにジーターの姿を見ることができません。しかし、私はまだその実感がわかないのです。おそらく来年になって、実際にその光景を見たとしても、現実として受け入れられない自分がいることでしょう。これまではたとえ故障で戦列を離れたとしても、「必ず戻ってくる」という気持ちがありましたから、特に不安に思ったことはありませんでした。しかし、今度は違います。もう二度と、ヤンキースでプレーするジーターを見ることはできないのです。おそらく来年、喪失感を味わうファンは全世界で大勢いることでしょう。

 ジーターが一番すごいのは、あの世界で最も厳しいファンやメディアの視線が注がれているヤンキースで、20年間も第一線で活躍し続けてきたことです。これはプレーのみならず、やはり人格者だったからにほかなりません。思えば、私はジーターの悪い噂を一度も耳にしたことがありません。グラウンド内ではもちろん、グラウンド外でも、彼は真のスターだったのです。そんなジーターの現役時代を観ることができた私たちは、幸せだと思わなくてはいけませんね。

 ダルビッシュ&上原、堂々のピッチング

 さて、今回のメジャーのオールスターには日本人選手が2人出場しました。3年連続選出のダルビッシュ有(レンジャーズ)と、故障者リスト入りした田中将大(ヤンキース)の代わりに選出され、初出場を果たした上原浩治(レッドソックス)です。2人とも、オールスター初登板とは少しも感じさせない、素晴らしいピッチングでしたね。特に気負うこともなく、マウンド上で堂々としていた姿は、まさにメジャーリーガーそのものでした。

 3度目の出場にして初登板となったダルビッシュは、ア・リーグの3番手として3回の1イニングを託されました。「すべて三振を狙っていたのかな」と感じられるほど、気合いの入ったピッチングをしていましたね。結果は見逃し三振、レフトフライ、セカンドライナー。とにかく自分が投げられるボールをすべてぶつけようという意識が強かったと思います。

 そのひとつが1死後、2人目の打者、3番トロイ・トロウィツキー(ロッキーズ)への4球目に投げたスローカーブです。惜しくもストライクには決まりませんでしたが、「さすがダルビッシュ」と思わずにはいられませんでした。スローカーブは打者にそれと読まれれば、簡単に打たれてしまいますから、ストレートと同じ腕の振りや体の動きをしなくてはいけません。そして、何よりも投げる勇気が必要です。普段、普通の打者に投げるにも勇気が要るというのに、ダルビッシュはオールスターの初登板で、しかも前半戦で打率、本塁打ともにリーグトップの成績を誇る強打者相手に投げたのです。もう一度、繰り返しますが、「さすがダルビッシュ」の一語に尽きます。

 一方、上原は打者1人に対して、わずか4球と、見せ場は短かったのですが、それでも上原らしさを存分に出してくれたと思います。初球、外角低めのストレートの後は、すべて得意のスプリット。2死三塁というピンチでの登板でしたが、逃げずにスプリットで攻め切ったところに大きな意味があります。

 39歳でのオールスター出場は、日本人としては最年長記録ということですが、彼の現在の活躍は、まさに努力の賜物にほかなりません。これまで乗り越えてきた苦労は、数えきれないことでしょう。しかしその経験のひとつひとつを、彼は糧にし、財産にしてきた。それがすべて集約されて、今があるのです。後半戦も期待したいですね。

 圧巻だった“オール変化球勝負”の金子

 翻って、日本プロ野球のオールスターですが、第1、2戦ともに見どころがふんだんに詰まった、内容の濃い試合となったと思います。まず第1戦は、球団史上最多の8名が選出された広島の選手たちの活躍が目覚ましかったですね。セ・リーグの先発に抜擢された前田健太は3回を2安打無失点に抑え、打ってはブラッド・エルドレッドが本塁打を含む3安打4打点でMVPに輝き、菊池涼介と堂林翔太も2安打をマークしました。

 一方、0−7と完封負けを喫したパ・リーグですが、選手一人ひとりのパフォーマンスとしては、スコアほど悪かったわけではありません。例えば、先発した岸孝之(埼玉西武)は、短いイニングだったこともあったと思いますが、いつもの冷静で淡々としたピッチングとは違う、グイグイと力で押すような力強いピッチングを披露してくれました。こうしたシーズン中には観ることのできないものを見せてくれるのもまた、オールスターならではの楽しみ。ファンにとっても貴重だったことでしょう。

 第2戦は言わずもがな、大谷翔平(北海道日本ハム)と藤浪晋太郎(阪神)との同級生対決が注目されましたね。もちろん、150キロ台のストレートを連発した藤浪のピッチングも楽しめましたが、やはり圧巻だったのは大谷でしょう。2度も記録したオールスター史上最速の162キロを含め、ストレート21球のうち12球が160キロ台。全球の平均は159.76キロというのですから、正直「こんな世界でオレはやっていたのか……」と思ってしまいました。

 大谷が非凡なのは、160キロ台のボールを低めにコントロールできているというところです。どこでもいいから、エイヤッと力いっぱいに投げて160キロではなく、きちんと自分が狙ったところにボールがいっているのです。大谷を見ると、臀部をはじめ、ピッチャーとして必要な部分には筋肉がしっかりとついており、逆に無駄な筋肉はありません。身体がバランスよく鍛えられているため、フォームが安定しているのです。もちろん課題はありますが、ピッチャーとして順調に成長していると言っていいでしょう。

 完成型に着実に近づいている大谷と比べて、藤浪にはまだその道筋が見えていないような気がします。今回のオールスターは、藤浪としてはどこまで自分の球が通用するのか、全力で挑んだことでしょう。ストレートに対しても自分なりのこだわりを持って投げたと思います。確かに、スピードは自己最速タイの156キロをマークしました。しかし、少し抜け気味のボールで、決めきった156キロではありませんでした。これをひとつとっても、まだまだ学ぶべき点が多々あるように感じました。

 そのひとつは、ストレートのコントロール。現段階での藤浪は、自分の決めたいところに投げているのではなく、自分の意思とは違うところにいってしまったけれども、結果オーライということが少なくありません。自分の思う通りのコースに決めにいった156キロを投げられるようになれば、さらなる飛躍となり、阪神の次期エースとしての期待も高まることでしょう。

 とはいえ、大谷も藤浪も、それぞれ160キロ台、150キロ台のボールを打たれ、失点しています。改めて「ピッチャーはスピードだけではない」ということを痛感したゲームでもありました。実は、私が第2戦で一番印象に強く残ったピッチャーは大谷でも藤浪でもありません。パ・リーグの2番手としてマウンドに上がった金子千尋(オリックス)です。

 本人は「大谷くんの後で投げにくかった」とコメントしていますが、彼こそ日本球界No.1のピッチングを見せてくれたと思っています。力で押す大谷や藤浪とは対照的に、金子は宣言通り、“オール変化球勝負”を挑み、1イニングを三者凡退にきっちりと抑えてみせたのです。まさに衝撃のピッチングでした。難しいことをクールな表情でいとも簡単にさらりとやってのける。それこそが、金子のすごいところです。

 何はともあれ、今年は真剣モードのシーンが数多く見られ、例年以上に内容の濃いオールスターだったのではないかと思います。21日からは早速、後半戦がスタートしています。優勝争い、クライマックスシリーズ進出争いも、いよいよこれからが本番。オールスターに負けない、名勝負を繰り広げてほしいですね。

佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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