プロ野球もリーグ優勝争い、クライマックスシリーズ進出争いが佳境に入ってきましたが、もうひとつ、この時期にプロ野球ファンが注目するものがあります。それは、新人王争いです。今季も投手陣に注目が集まっていますが、果たしてプロ野球人生で一度きりの栄冠に輝くのは誰なのでしょうか。今回は候補選手を取り上げてみたいと思います。
 パの最有力候補は西武・橋か

 まずパ・リーグですが、昨季は則本昂大(東北楽天)のひとり勝ちでしたが、今季はどんぐりの背比べ状態で、それほど差はありません。そのなかでも頭ひとつ抜けているのが、石川歩(千葉ロッテ)でしょう。24日現在、24試合に登板し、9勝8敗、防御率3.64という成績です。大崩れせず、安定したピッチングが定評を得ています。しかし、だからこそ私はもう少し強気のピッチングを期待していました。

 23日の北海道日本ハム戦を見ても、そうです。確かに勝ち投手とはなりましたが、7回途中9安打4失点。思い切ってストライクゾーンで攻めるのではなく、コントロールを重視したうえで力んで甘く入ったところを痛打されるという内容でした。前半戦で6勝を挙げた石川ですが、1年目ということもあって、思った以上のプロの厳しさを感じ、徐々に慎重なピッチングとなってきたように思います。最終戦での登板があるようですので、最後は新人らしい思い切りの良さを出して、勝負して欲しいですね。

“シンデレラボーイ”として、今季台頭したのが3年目の上沢直之(北海道日本ハム)です。これまで2年間は一度も一軍での登板はなかった上沢ですが、今季は初登板初先発から3連勝するなど、先発ローテーションの柱のひとりとしてチームに貢献しています。187センチの長身から投げ下ろすカーブは落差があり、あれだけスピードを抑えられた球を放るだけの勇気は称賛に値します。

 しかし、徐々に黒星の数が増えていることも事実で、好投したかと思えば、次の試合では序盤に失点して早々に降板するなど、良かったり悪かったりを繰り返しています。最初は自分のペースで投げることができていた上沢ですが、徐々にプロの怖さを感じ始めたのでしょう。コントロールで勝負しようとするあまり、四球を出したり、逆球を投げて痛打されたりする場面が増えてきたのです。まだ不安定さがぬぐえない真っ直ぐを、試合中で修正できるようになれば、さらなる活躍が期待できるはずです。

 上沢とチームメイトのルーキー浦野博司も8月には3勝をマークし、新人王争いに割って入ってきました。今の若い選手は物怖じしません。ペースをつかみ、勢いにさえ乗れば、どんどん上がっていきます。浦野もそんなタイプのピッチャーです。しかし、打者からすれば、もうひとつ怖さを感じられないピッチャーでもあると思います。

 その点、迫力あるピッチングをしているのが、2年目の橋朋己(埼玉西武)です。石川、上沢、浦野が慎重さを見せている一方で、橋は若手らしい投げっぷりを見せてくれています。球種はほとんど真っ直ぐとスライダーの2種類ですが、それでも打者を抑えられているのは、同じ腕の振りと角度からボールが来るからです。そして、腕のしなりが良く、リリースポイントが打者に近いので、タイミングが取りにくいのです。24日現在、59試合に登板して、2勝1敗26セーブ、防御率1.84。個人成績だけを見れば、彼が新人王の最有力候補と言ってもいいかもしれません。

 独立リーグ出身第1号の誕生も

 一方、セ・リーグはというと、24日現在2ケタまであと1勝と迫っている大瀬良大地(広島)と、中継ぎながら9勝(1敗)を挙げている又吉克樹(中日)の争いと言っていいでしょう。まず大瀬良ですが、いい時と悪い時との差があり、波が激しいという印象があります。春は5連勝するなど、下馬評を上回る活躍でチームに大きく貢献しました。しかし、6月以降は疲労が出てきたのでしょう、6月7日の福岡ソフトバンク戦では初回で8安打10失点と大崩れするなど、序盤で失点することも多くなり、黒星が増えました。

 それでも開幕からしっかりと先発ローテーションを守ってきたことは評価できます。特に1−0とプロ初完封をした今月6日の横浜DeNA戦では、彼の武器である低めにコントロールされた球威あるボールを最後まで見せてくれました。チームも現在リーグ2位ですから、あとは2ケタにさえ届けば、セ・リーグの新人王はほぼ決定ではないでしょうか。

 その大瀬良にとってライバルとなっているのが、又吉です。彼は大学卒業後、四国アイランドリーグplusの香川オリーブガイナーズに入団し、エースとして活躍しました。私は独立リーグ時代の又吉を実際に見たことはなかったのですが、「勢いのあるピッチャーがいる。ドラフトにかかることは間違いない」というウワサは耳にしていました。ですから、独立リーグ最高位の2位で指名されたことには、それほど驚きはありませんでした。

 とはいえ、正直言って、1年目からここまでの活躍をするとは思いませんでした。私の予想では、もう少し変化球の腕の振りが落ちるだろうと思っていたのです。しかし、又吉はしっかりと振れています。しかも、腕が遅れてくるために、スライダーがチェンジアップのように遅れてくるため、少々甘いところにいってもバッターは振ってくれるのです。これはサイドスローピッチャーの特徴でもあります。もし、又吉が新人王を獲得すれば、独立リーグ出身者としては初の快挙。独立リーグに携わっているひとりとして、非常に楽しみです。

 大瀬良、又吉にはかなわないものの、新人王候補者のひとりとして個人的に期待していたのが、24日の広島戦でプロ初勝利を挙げたルーキー杉浦稔大(東京ヤクルト)です。春のキャンプで彼を見た時に「いいピッチャーが入ってきたな」と思いました。腕の振りが柔らかく、しなっていて、将来的には岸孝之(西武)や伊藤智仁(元ヤクルト)のようなピッチャーになるかもしれないという期待を抱いたのです。

 しかし、黒星がついた2試合では、杉浦の良さが出ていませんでした。コントロールを気にし過ぎて、思い切り投げていないように感じられたのです。あの腕のしなりから繰り出される真っ直ぐに、バッターはさしこまれるはずなのに、「まずはファーストストライクを取って」という攻め方で、積極性に欠けていたのです。

 いずれにせよ、彼ら全員に求めたいのは、変に大人の投球をするのではなく、若手らしく、思い切ったピッチングを見せてほしいということ。残り試合は少なくなりましたが、最後に新人王争いを盛り上げるような活躍を期待しています。

佐野 慈紀(さの・しげき)
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
◎バックナンバーはこちらから