今月行われた韓国・仁川で開催されたアジアパラ競技大会に行ってきました。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、今回は、大会の運営について着目してみます。この大会では、各競技会場によって、運営の仕方、大会スタッフやボランティアスタッフの様子に違いがありました。「アジア最高峰の競技大会」という競技会場もあれば、「町内会の運動会」のような、アットホームな場面もありました。


 ひとつの大会に存在する複数の目的

 初日に訪れたメインスタジアムには、聖火が灯っていました。そこには「アジア最高峰の競技大会」としての誇りが映し出されていました。そのメインスタジアムで行われていた陸上競技の運営は、まさに競技大会。大会スタッフやボランティアスタッフがきびきびと行動し、選手たちのサポートをしていたのです。まさに「アジアのトップを競う国際大会」という雰囲気が醸し出されていて、いい緊張感がそこにはありました。その緊張感こそが、会場全体の雰囲気をつくり出し、最高のパフォーマンスを生み出す要因のひとつになる。改めてそう感じました。

 一方ある競技会場に行くと、その雰囲気は一転しました。各国の代表選手たちがプレーしているコートと同じフロアの端で、ボランティアスタッフが和気藹々とダンボールからお弁当を出して配っているのです。これはまさに「町内運動会」。そこに競技大会という雰囲気はなく、仲良くスポーツを楽しむ会が行われているといった感じを受けました。

 これは会場全体に現象面で現れていました。例えば、空いている観客席にボランティアスタッフがかたまって座り、くつろぐ姿がありました。ボランティアスタッフが時間を工夫して、競技を観戦するのは、彼らのモチベーションに重要なことですから、そのこと自体は決して悪いことではありません。逆に空席があるのなら、観客席を埋める役を担ってもよいでしょう。しかし、ボランティアスタッフのユニフォームを着用したままの観戦は、間違っています。観戦する場合はユニホームを脱いで、観客になるべきなのです。また、コートに目を向けると、線審が座っている椅子の隣に、複数の一般の人が座って観戦していたり、メディアの席に家族連れが座って食事をしていたり・・・。

 目的によって異なる運営方法

 この違和感はどこから来るのでしょう。ひとつは、選手、運営スタッフ、観客という別の立場の人達をどう位置づけて、どのように区分けし運営しているのか、に起因します。「競技大会」では、選手が最高のパフォーマンスを出すことのできる環境を用意し、観客には、エンタテイメントを楽しみに来た人としておもてなしの心を持って迎えます。一方「町内会の運動会」では、すべての人が選手であり、観客であり、場合によってはスタッフも兼ねる。参加者として区別なく一緒に過ごすのが自然です。そして更に重要なのは、これらのことは、その大会の目的が何かによって導きだされるということなのです。

 そもそも「競技大会」と「町内の運動会」は目的が違います。前者は勝敗や記録を競うものであり、後者はスポーツをツールとして親睦をはかったり、コミュニケーションを深めたりするものです。どちらもスポーツを楽しみ、広めていくのに重要な事業です。障がい者の世界最高峰の競技大会はパラリンピックです。その素晴らしさはこれまでも、伝えてきました。一方「町内会の運動会」も、私は大好きでした。たくさんの家族や友人と一緒に汗を流し、お弁当を食べて、本当に楽しい一日だったからです。町内のお肉屋さんのおじさんが、コロッケを差し入れしてくれたこともありました。熱々のコロッケの入った箱を届けてくれたおじさんも、その後の種目に参加したりしていました。つまりみんな、走ったり、応援したり、話をしたり、お弁当を食べたり、運動会というスポーツの場を自由に楽しむことができるのです。ここでは、「競技大会」のように、例えば選手と応援の人のゾーンを分けたり、応援席で飲食を禁止したり、ということはありません。運動会の目的に反するからです。

 大会には開催するそれぞれの目的があります。それを共有することで、運営の方法も自ずと決まり、それは各会場で共通したものとなってくるのです。「競技大会」と「町内の運動会」は目的が違います。それらを混同させてしまえば、大会の運営方針が曖昧になり、どちらの良さをもかき消してしまうことになります。参加するすべての立場の人が、気持よく関わる大会を創り出すためには、目的を明確にし、それに沿った運営をすることが重要であることを、今大会は改めて教えてくれるものとなりました。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障がい者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。1991年に車いす陸上を観戦したことがきっかけとなり、障がい者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障がい者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障がい者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障がい者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ〜パラリンピックを目指すアスリートたち〜』(廣済堂出版)がある。