縁あって、来シーズンから福井ミラクルエレファンツの監督に就任することになった吉竹春樹です。私は現役引退後、阪神でコーチや二軍監督などを務めてきました。そこで培ってきた経験をいかし、原点に戻って、若い選手たちの育成・指導にあたりたい、という気持ちが強くあったこともあり、今回、新たな環境でトライすることにしました。
 これまで一軍では、4人の監督の下でコーチを務めてきました。野村克也さん、星野仙一さん、岡田彰布さん、そして現在の和田豊監督です。私が目指す監督像とは、この4人をミックスしたものです。野村さんのようにミーティングからしっかりと細かいところまで伝えることも重要ですし、時には星野さんのように気持ちを前面に出すことが必要な場面もあります。また、岡田さんのように試合が進むにつれて第六感を働かせ、その状況に応じて起用していくことも監督としては必要です。そして和田さんのように、データを駆使することも今の野球には不可欠です。これらをミックスした監督を目指したいですね。

 さて、私が二軍監督時代、選手たちに伝えてきた5つのことがあります。「準備を怠るな」「毎日ノートをつけること」「失敗を怖れず、失敗から学べ」「迷った時には前に進め」「実戦に強くなれ」です。これを福井の選手たちにも、まず伝えたいと思っています。

 これらは自分の現役時代を振り返っても、重要性を感じることばかりです。例えば、私は阪神から西武に移籍した1年目に、フライを追ってフェンスに激突し、右足を骨折するという大ケガに見舞われたことがありました。その試合の先発は東尾修さんで、野手のエラーが続いていました。それもあって、どうしても捕らないといけないという気持ちが強く、フェンスにそのまま勢いよく行ってしまったのです。もちろん、プロはケガを怖れてはいけません。しかし、ケガをしないというのもまた、重要です。

 今振り返ると、ケガをした原因は準備不足にあったのではないかと思います。あの時のフライは、私がレフトからライトに替わった1人目の打者による打球でした。同じ外野とはいえ、レフトとライトとでは、見る景色も打球の追い方も違います。ですから、きちんとライトにおけるフェンスとの距離を確認するなどしておかなければいけなかったのです。こうした細かい準備をするかしないかで、すべてが大きく変わっていくのです。

 優勝に不可欠な“チーム一丸”

 さて、私が目指す野球は、相手に点を入れない守り勝つ野球です。よく「打線は水もの」と言いますが、打率3割でよし、ということは、打てないことの方が多いということでもあります。一方、守備の方はというと、きっちりとアウトを取ることは高い確率でできることです。ですから、「堅守速攻」型のチームをつくっていきたいと思っています。

 もちろん、目標は球団初のリーグ優勝、そして独立リーグ優勝です。では、優勝するには何が必要かと言えば、選手個々においては1年間戦うことのできる心技体すべてが大事になってきます。そして、チームにおいては、勝利に向けて気持ちがひとつになれるかどうかです。

 プロですから、もちろん勝敗も重要ですが、ファンの皆さんには、それ以上に最後まで諦めずに、チーム全員でひとつのボールを追いかける姿をお見せしたいと思っています。その結果が優勝へとつながるはずです。ぜひ、熱い野球を観に来てください。

吉竹春樹(よしたけ・はるき)>:福井ミラクルエレファンツ監督
1961年1月5日、福岡県生まれ。九州産業高校(現九州産業大付属九州産業高)から、1979年ドラフト外で阪神に入団。プロ2年目に投手から野手に転向する。1986年オフにトレードで西武に移籍。翌87年にはレフトのレギュラーの座をつかみ、オールスターゲーム初出場を果たす。その後は西武黄金時代を支える外野手のひとりとして活躍。96年限りで引退し、翌年、阪神のコーチに就任した。2011年からは二軍監督を務めた。13年に一軍コーチに復帰すると、14年は一軍野手総合コーチとして日本シリーズ進出に導いた。
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