2013年4月、日本リーグ開幕節。4連覇を狙うトヨタ自動車レッドテリアーズは、毎年優勝争うライバルのルネサスエレクトロニクス高崎と対戦した。長崎望未は3番センターでスターティングメンバーに名を連ねた。
 最初の打席でいきなりチャンスはやってきた。顔には出さないが、胸中には期するところがあったのだろう。バッターボックスに入る長崎の眼光は鋭かった。一方で打撃フォームから力みは感じられず、悠然とした佇まいを見せていた。「勇気がなかった」という前年の彼女の姿は、そこにはなかった。

 

 1回裏、トヨタ自動車はルネサス高崎の先発・上野由岐子を攻め立てる。先頭のナターシャ・ワトリーがヒットで出塁すると、続く鈴木美加が着実にランナーを進める。1死二塁で、長崎の打席となった。初球、上野が投じた低めの真っすぐを長崎は冷静に見逃した。2球目はインハイの直球。出かけたバットはしっかり止まる。

 そして、3球目は真ん中高めのストレート。甘いコースだった。長崎はこの失投を見逃さなかった。「自分の中でドンピシャでしたし、無駄のないスイングができた」と自賛する鋭い振りでセンターに弾き返した。ライナー性の打球は、勢いを落とすことなくセンターの頭上を越え、そしてフェンスの向こうへと飛び込んだ。チームにとって貴重な先制弾、長崎自身にとっては復活の狼煙を上げる一撃だった。ホームに還ってくると、チームメイトからは、ヘルメットを何度も叩かれた。手荒い祝福を浴びた長崎だが、心地は良かった。試合はその後も得点を加えたトヨタ自動車が8対0でルネサス高崎を下し、リーグ開幕を白星で飾った。

 前年の不振を振り払うような殊勲打は、“動じない心”が生んだ。
「当時、王貞治さんと広岡達朗さんらの対談をまとめた『動じない』という本を読んでいたんです。そこに<臍下の一点に気を静める>と書かれていました。それを素振りする時から意識してやると、余計な力が抜けた。シーズンオフの練習で、それを繰り返してやっていたんです。無駄のないスイングができたのは、この本のおかげですね」

 長崎は続くシオノギ製薬戦で2本塁打を放ち、完全復活を印象付けた。その後はヒットを量産し、高打率をキープ、一時は3冠王も射程圏内という好調ぶりだった。チームも20勝2敗と、前年同様にぶっち切りの首位でプレーオフに進んだ。長崎は全22試合に出場し、打率4割9分1厘、7本塁打、28打点と、いずれもキャリアハイの成績。打率はトップとは9厘差でリーグ2位、本塁打は1本差で同3位だったが、2年ぶりに輝いた打点王では日本リーグタイ記録をマークした。プレーオフで、トヨタ自動車は決勝でルネサス高崎に惜しくも延長サヨナラ負け。チームは4連覇を逃したものの、長崎個人としては2年ぶりにベストナインに選ばれた。

「1年目にいい成績を残し、2年目は落ちた。私はこのままの選手だと思われることが嫌でした。ただ運が良かったんじゃなくて、ちゃんと実力のある選手と、みんなに認めてもらうには、結果を残さないといけない。3年目のシーズンは、必ずタイトルを獲るという目標を掲げて臨んだ年でした。2年目に比べ、気持ちもすごく強くなりました」
“2年目のジンクス”を味わったことで、長崎の精神面は鍛えられたのである。

 慎重に踏み出した代表への第一歩

 昨年6月、長崎は日本代表に選出される。それまでU-19やジュニアなど年齢別の代表には入ったことはあったが、フル代表としては初である。実はその前年にも代表入りへの打診はあった。この時、2年目の不振から脱却しつつあったものの、彼女は時期尚早と考え、辞退した。
「光栄でしたし、行きたい気持ちはすごくありました。でも私の中で結果を出してから行きたかった。1年目が良くて2年目がダメだったので、ダメなまま呼ばれても私の中で納得できなかったんです」

 長崎は3年目を好成績で終えたことで、自信をつけた。もう代表入りを迷うことはなかった。14年は世界選手権、アジア競技大会と、例年以上に大きな国際大会が控えていた。

 8月のオランダでの世界選手権では、長崎は予選リーグで4番に起用されることもあっが、決勝トーナメントの出場は1回戦の代打のみだった。
「いろいろなことが初めてで、馴染もうとしてしまったんです。慣れることも大事ですが、そうやろうとし過ぎて、自分の持っているものを出し切れなかった」
 日本は大会連覇を果たし、その一員として長崎は首に金メダルを掛けることができた。だが、個人としては不完全燃焼の思いもあった彼女は「これが私の第一歩」と、さらに上を目指した。

 9月には韓国でのアジア競技大会に出場した。長崎は予選リーグの5試合中4試合でスタメン入りを果たし、2戦目のフィリピン戦で3打点を挙げるなど、得意のバッティングでは打率3割3分3厘をマークし、1位突破に貢献した。準決勝の台湾戦では代打での出場ながら、6回にダメ押しとなるタイムリーを放った。代表で存在感を示し、チームは大会4連覇を成し遂げた。

 国際大会を経験し、日本代表でも着々と結果を残しつつある長崎が「一番目指している場所」は、オリンピックだ。昨年12月に開かれた国際オリンピック委員会(IOC)の臨時総会での決定により、2020年東京大会でソフトボールが復活する可能性が出てきたからである。

 彼女にとって、一番印象に残っているオリンピックは、日本が金メダルを獲った北京五輪である。だが、当時は既に正式競技から外されることが決まっていた。
「その時はすごくショックで、ソフトボールをやっている人間としては、悲しかった」という長崎にとって、夢にまで見た舞台への道に一筋の光が見えてきた。5年後、大会時には28歳となる彼女には、主軸打者としての期待が寄せられている。

 感謝の気持ちを忘れない

 日本リーグでは会社の社員や関係者のみならず、熱心なファンも球場に詰めかける。その声援が彼女の背中を押している。
「“自分のために”だけでは私、頑張れないんです。“人のために”と思うことで、さらに力が湧き出てくる。ですからファンや応援してくれる方には、誰よりも感謝しています」

 昨シーズン、プレーオフトーナメント決勝での優勝を決めた一打も、“恩返しのホームラン”だった。9月、長野と岐阜との県境に位置する御嶽山で噴火が起きた。多くの命を奪った自然災害。その被害者のひとりに長崎の熱心なファンがいた。悲報を知り、「絶対に優勝する」と胸に誓った彼女は、決勝でそのファンの写真をポケットに忍ばせた。奇しくも試合が行われた11月16日はそのファンの誕生日だった。そして、この日のホームランボールは長崎の手によって仏前に手向けられた。

 また、母・喜代美によれば、母の誕生日や母の日に球場へ観戦に訪れた際には、何度かお祝いのホームランをプレゼントされたこともあるという。
 長崎は小学2年の時に両親が離婚した。以来、母に女手ひとつで育てられた。小学生の頃に所属していたチームの卒団式の日、母親の鏡台に手紙を置いた。
<お母さんが支えになってくれたおかげです。中学に行っても頑張ります。お母さんずっと私のことを見守っていてください>
 感謝の気持ちを忘れない、長崎の真摯な姿勢は幼少期から変わらぬままだ。

 自らの道を切り拓く打撃

 14年シーズンは、22試合にフル出場し、打率4割1分8厘、4本塁打、24打点で終えた。いずれもタイトルには届かなかったものの、プレーオフでMVPを獲得するなどリーグ優勝に貢献し、2年連続3回目のベストナインに輝いた。

 チームも目標としていた王座奪還を果たした。だが、長崎は個人としての成績では、満足していない。
「前年が日本リーグタイ記録で打点王を獲ったので、その数字(28)を超えたかった。私の中では、打点を一番大事にしていながら、前年を超えられなかったのは、もうちょっと頑張らないといけないなと思いました」

 誰もが認める長崎の打撃技術。彼女も「やはり自分が一番長けているものはバッティング。守備も走塁もレベルアップしたいと思っていますが、打撃をそのままにしておくと、他人と同じ選手になってしまう。私にとって、バッティングは妥協できない部分です」と、こだわりを見せる。

 ボールを遠くへ飛ばすことに夢中になったことからスタートしたソフトボール人生。長崎は小学3年から始めて15年目に入った。
「ソフトボールは、完璧がないスポーツです。打つにしても10割は打てないですからね。でも、だからこそ夢や目標はなくなることがないと思っているんです。そういう意味では、ずっと成長させられる」
 飽くなき向上心が、彼女の今を支えている。

 最後に「印象に残った試合は?」と訊ねると、「特にないんです」という意外な答えが返ってきた。
「どれだけいい試合をしても、またすぐに次の試合が始まる。浸る時間もなければ、後悔する時間もないんです。反省はしますが、後悔もしないようにしている。後ろを振り向かず、ずっと前を向きながらソフトボールをしています」
 これまで長崎は目標に向かって、常に前を見てきた。この先もいかなる困難が待っているかはわからない。それでも彼女はブレずに、自らのバットで道を切り拓いていく――。

(おわり)

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長崎望未(ながさき・のぞみ)プロフィール>
1992年6月19日、愛媛県生まれ。小学3年でソフトボールを始め、京都西山高時代には1年からレギュラーを掴み、全国高校総合体育大会、国民体育大会で優勝する。11年にトヨタ自動車に入社。高卒1年目で日本リーグの本塁打王と打点王の2冠を獲得し、リーグ連覇の立役者となった。ベストナインと新人賞に輝く。同年の世界ジュニア選手権に出場し、主軸として準優勝に貢献した。13年には日本リーグタイ記録となる28打点を挙げ、打点王に輝く。2年ぶりにベストナインにも選出された。14年は初のフル代表入りを果たし、世界選手権とアジア競技大会での優勝を経験。日本リーグでは決勝トーナメントでMVPに輝く活躍で、優勝に導いた。身長160センチ。左投左打。背番号「8」。

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(文・写真/杉浦泰介)




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