5月30日、愛知県のパークアリーナ小牧で、“中京の怪物”田中恒成(畑中)がメキシコのフリアン・イエドラスを相手にWBO世界ミニマム級王座決定戦に挑む。高山勝成(仲里)の王座返上により、巡ってきたチャンスだ。
 インターハイV、国体連覇、選抜大会優勝(いずれもライトフライ級)と高校4冠を達成した田中は、中京高校在学中の2013年11月にプロデビューを果たした。デビュー戦の相手がなんと世界ランカー(当時WBOミニマム級6位のオスカー・レクナファ=インドネシア)。この試合で勝利した田中は以降も白星を重ね、これまでの戦績は4戦4勝(2KO)で、すでにOPBF(東洋太平洋)ミニマム級のベルトを獲得している。

 右のボクサーファイターで、当て勘が優れている上にパンチ力もあり、畑中清詞、薬師寺保栄らに続く“東海圏のスター”として、いま大いに注目を浴びているのだ。

 そして、この試合で勝利すれば、田中はプロデビューからわずか5戦での世界王座獲得を果たす。これは日本人としての最短記録だ。

 最近、世界タイトル奪取最短記録が、よく話題にあがるが、その歴史を少し振り返ってみよう。

 この記録が大きくクローズアップされたのは76年10月に具志堅用高がファン・グスマン(ドミニカ共和国)を7ラウンドKOで破り、WBA世界ジュニアフライ級王座を獲得した時だろう。この試合は具志堅にとってデビュー9戦目。これが当時の日本記録だった。

 それを塗り替えたのが辰吉𠀋一郎。91年9月にグレグ・リチャードソン(米国)を破ってプロ8戦目でWBC世界バンタム級のベルトを腰に巻いている。

 それから20年間、この記録は破られなかった。しかし、11年2月に井岡一翔(井岡)が、7戦目でWBC世界ミニマム級王座を獲得。さらにその3年後の14年4月に井上尚弥(大橋)が、6戦目でWBC世界ライトフライ級王者となり、記録が更新されている。この井上の記録を田中が破ろうとしているのだ。

 さて、田中のチャレンジだが、勝利する可能性は高い。対戦相手のイエドラスは戦績こそ24勝(13KO)1敗とキャリア豊富だが、すべてメキシコ国内での闘い。唯一の黒星は世界タイトルマッチで喫したものだが、24勝の相手の中に特筆すべき強者はいない。上半身に柔軟性を宿しており、巧さはあるが、それほどの強打者ではなく、ボクシングセンスにおいても田中が上回っているように思う。

 輝きのあるボクサーになるためには話題性も必要。だから、「世界王座奪取最短記録」もせっかくのチャンスだからモノにすべきだ。でも実は、これはそれほど意義のある記録でもない。要領よく世界戦にこぎつければよいというものではないからだ。

 むしろ、田中には記録達成以上にファイト内容が求められる。まずはイエドラスに完勝してもらいたい。その先には高山勝成との王座統一戦が待っていることだろう。ここで彼の真価が問われることになる。

“中京の怪物”田中のファイティングロードを熱く見守りたい。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』『ジャッキー・ロビンソン 〜人種差別をのりこえたメジャーリーガー〜』『キミも速く走れる!―ヒミツの特訓』(いずれも汐文社)ほか多数。最新刊は『忘れ難きボクシング名勝負100 昭和編』(日刊スポーツグラフ)。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)


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