「ハッピー・ハービー・デイ!」
 4月14日のメッツ対フィリーズ戦の開始前、ソーシャルメディア上でも、スタジアムでも、メッツファンは口々にそう言い合った。
 この日、一昨年秋に右肘のトミー・ジョン手術を受けたメッツのエース、マット・ハービーが復帰後初の地元マウンドに登場。待ちに待ったエースのカムバックに、シティフィールドは、まるでプレーオフのような雰囲気となった。
(写真:剛球右腕はニューヨークの子どもたちにとっても、すでに憧れの的だ Photo By Gemini Keez)
「ファンの反応は素晴らしかったよ。しばらく地元で投げれなくて、久々の登板でこれほどサポートされれば、燃えずにはいられなかった」
 そんな言葉通り、試合開始序盤から“ハービー”コールを繰り返したファンの前で力んだか、6回を投げて2被本塁打、3失点と完璧な内容ではなかった。

 それでも、絶好調ではないながらもまとめる姿がエースらしさを感じさせたのも事実。スティーブン・ストラスバーグとの投げ合いを制した9日のナショナルズ戦に続き、無事に2連勝を果たしてニューヨーカーを喜ばせた。

「街中が(ハービーの)背中を押している感じだった。少し制球を乱すこともあったけど、彼はファイターだ。戦い続け、ビッグイニングは許さなかった」
 試合後にトラビス・ダーノー捕手が語った通り、今春はニューヨークの多くのスポーツファンがハービーに注目している感がある。

 メジャーに旋風を巻き起こした2013年の終盤に肘を痛め、そこから復活という劇的なストーリーがアメリカ人好みなのだろう。90マイル台後半の真っ直ぐで押しまくる豪快なピッチングも魅力たっぷり。そして何より、“ロックスターのよう”と評される独特の存在感が人々を惹きつけているに違いない。
(写真:ハービーはメッツのウィルポンオーナー(右)にとっても宝のような存在だろう Photo By Gemini Keez)

 フィリーズ戦で象徴的だったのは5回表、2死3塁でチェイス・アトリーに対した場面である。それ以前の攻撃時に味方のウィルマー・フローレス、マイケル・カダイヤーが死球を浴びたのを見て、走者を3塁に置いているにも関わらず、ハービーはフィリーズのベストヒッターの背中に報復の死球をぶつけた。

 球が逸れればワイルドピッチで失点しかねないリスキーな状況。そんな修羅場で堂々と相手の身体に向かって速球を投げ込み、一塁に歩くアトリーを睨みつけたハービーの姿に、驚かされ、そして魅せられたファンは多かったことだろう。

「デビッドが内角にばかり投げられるのは見ていられない。自分が戻ったらキャプテンを助けたいよ」
 右肘のリハビリを続けていた昨季中、ハービーはメッツのデビッド・ライトが執拗な内角攻めを受けるのを見かねたような発言を残していた。“自軍の選手たちにぶつけたら、ただでは済まさない”。剛球右腕は本拠地での復帰戦でさっそくそんなメッセージをリーグ全体に送ったことになる。

 このメジャーの“報復カルチャー”を好きではない人もいるだろうが、それはまた別の話。こんなファイティング・スピリットは、ここ6年連続で負け越しを続けてきたメッツには欠けていたものだった。

 ニューヨーカーはハートの強いアスリートを好む。この日のフィリーズ戦を観戦に訪れたにファンは、たとえ投球が完璧ではなくとも、ハービーの負けん気の強さに少なからず感心して家路についたのではないか。
(写真:元セーブ王のジョン・フランコ(左)同様、ハービーも地元ファンに愛され続けていくのだろう Photo By Gemini Keez)

「トム・シーバーの豪腕、ジョー・ネイマスの態度、“クライド”フレイジャーの冷静さ……ハービーは約45年前にニューヨークに王座をもたらしたアスリートたちと同じバイブを持っている」
 ESPNニューヨークのコラムニスト、イアン・オコーナー氏は自身のコラム内でそう記していた。

 シーバーとは通算311勝を挙げ、1969年のメッツの初優勝の立役者となったエース。ネイマスは同年にスーパーボウルを制したジェッツの名QBで、フレイジャーはニックスを1970、73年の優勝に導いたNBAのスーパースターである。メッツの現エースをこれらのニューヨークの伝説的な選手たちと比較するのは、いくらなんでも気が早過ぎるようにも思える。地元開催の2013年オールスターで先発を務めたとはいえ、ハービーはまだメジャー通算14勝に過ぎず、1年をフルに働いた経験すらない投手なのだから。

 ただ……26歳の豪速球右腕はそれほど明白な才能を持ち、同時に希有な魅力を秘めた選手だということなのだろう。
 NHLのレンジャーズが好調とはいえ、ヤンキース、ジャイアンツ(NFL)、ニックス(NBA)といった名門チームが揃って不振を続ける現在、ニューヨークのスポーツが暗い時代を迎えているのは間違いない。街の象徴的なアスリートだったデレク・ジーターまでもが、昨季限りで引退してしまった。

 そんなニューヨークにおいて、次のクロスオーバーのスーパースター、“ジーターの後継者”と言える存在になり得るのは、このハービーしかいない。ロジャー・クレメンスの豪快さ、アレックス・ロドリゲスのスター性を兼ね備えた右腕には、それだけの可能性がある。

 ファンの期待を一身に背負い、シティフィールドは今後もハービーの登板のたびにプレーオフのような興奮に包まれるはずだ。その期待に応える投球を続け、低迷チームを2006年以来のプレーオフに導いたとき……ニューヨークは晴れて“ハービーの街”になる。開幕から好調なメッツを見る限り、その瞬間が今季中に訪れても不思議はないように思えてくるのである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


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